このページの本文へ移動

農林水産省

メニュー
  • aff07 JULY 2021
  • 7月号トップへ戻る

細胞の損傷を抑えた冷凍法とは? 医療分野でも活用される冷凍技術

写真

CASエンジン搭載ラック式精密凍結庫。

鮮度や美味しさをほとんど損なうことなく凍結し、採れたて、作りたてに近い状態を再現できる冷凍技術「CAS(キャス)」。この技術を開発した(株)アビーの大和田哲男さんから、開発の背景や仕組み、そして活用されている分野や今後の展望についてお話を伺いました。

CAS技術誕生物語

左:CASで凍結したお寿司の食材。 右:解凍後のお寿司。

冷凍しても作りたてに近い状態を再現することができる冷凍技術「CAS」。その誕生背景や具体的な仕組みに触れながら、食以外の分野で応用されている事例なども紹介します。

Q

CASとはどのような技術ですか?

食品の味、香り、鮮度を保持し、限りなく凍結前の状態に近い、作りたてに近い状態を再現することができる冷凍技術です。CAS(CELLS ALIVE SYSTEM)という名前にもあるように、一番の特徴は水の分子を管理することで細胞を壊さず、生かした状態のまま凍結する点にあります。従来の急速凍結は-35度から-45度の冷風を素材に直接吹きかけるため、素材の表面と内部に温度差が生まれ、全体が凍結するまでに時間がかかっていました。これは、表面部分から徐々に内部に向けて凍結していくため、素材の外側で凍った氷が壁となって冷気を遮り、内部が凍結するまでに時間がかかるためです。また凍結中は、内部の未凍結部分の水分(水分子)が外側に移動していくので、素材内部では水分が減ってパサパサになり、素材の外側では水分子が寄り集まって膨張するため、結果として素材の細胞が壊されてしまいます。細胞が壊れている状態で凍結された素材を解凍した時には、そこからうま味成分や栄養成分が流れ出てしまい、凍結前の味をキープできないという問題がありました。

図:従来の急速凍結フリーザーで起こる凍結の問題点

そこで美味しさを保つために、”全体を均一に、短時間で凍らせる”というポイントをおさえたのがCASを使った凍結です。微弱な電流を流し、食材に含まれる水分子を活性化させ、凝固点以下でも液体のままの過冷却状態にすることで素早く凍結させることが可能になり、水分子が寄り集まって膨張するのを抑えることができます。さらに、過冷却により素材と水の分子の凍結点を同じにすることで、全体を素早く凍結でき細胞を壊すこともないため、解凍後も凍結前の美味しさやみずみずしさを保つことができます。

CASエンジンを使用した際の凍結イメージ

CASエンジン付き急速凍結機のマグロ組織

凍結により組織内に生成された氷(氷晶)が小さく、組織損傷が抑えられます。それにより解凍後のドリップの流出も抑えられるため、水溶性アミノ酸やうま味成分といった美味しさの元を維持することができます。

従来の急速凍結機のマグロ組織

凍結により組織内に生成された氷(氷晶)が大きく、組織損傷が激しくなります。それにより解凍後のドリップの流出が多く、水溶性アミノ酸やうま味成分といった美味しさの元が、損なわれる原因となります。

Q

どのような経験から
CASの開発に
至ったのですか?

凍結した生クリームを解凍。

家業であった製菓・製パン機械メーカーで働く中で、食品の機械をつくっているのだから、食材について知ることが機械の進化にもつながるのではないかと考えました。そこで食材について学ぶべく、大手の食品メーカーに受け入れをお願いしました。その中で唯一受け入れて下さったのが大阪府の食品素材メーカーです。26歳からの20年間、食材について徹底的に教えていただく中、ある時「生クリーム凍結機を開発してみないか」というお話がありました。当時、フランス留学第1期生のケーキ職人が冷凍技術を持ち帰ってきたのですが、生クリームを冷凍すると味が落ちてしまうという問題がありました。実家の会社では冷凍機は製造したことがなかったため、今度は大手電機メーカーで冷凍技術を一から学ばせていただきながら、食品素材メーカーでは生クリームの成分に対する冷凍における適正温度など、食材に関して徹底的に研究。約10年の開発期間を経て、1985年に生クリーム凍結機が完成しました。

生クリーム凍結装置を搭載した凍結機。

Q

CAS技術の誕生の
きっかけは何ですか?

1989年に独立してからも冷凍技術の研究を続けたのですが、その中で目をつけたのが解凍する時に流れ出てしまう水分です。アミノ酸などのうま味成分を含んだ「ドリップ」と呼ばれるもので、これが解凍した時に味の品質が落ちてしまう原因だと分かりました。従来の急速冷凍装置では、細胞の外側と内側の温度差が生まれることで細胞が破壊され、ドリップとして流れ出てしまっていました。どうにか外も内も均一に冷やせる方法がないかを考えているうちに思いついたのが、分子を振動させて均等に加熱する電子レンジの技術です。冷凍技術にもこの方法を活用できないかと冷凍庫内に微弱な磁場を作って水分子を振動させる方法を試したところ、予想は的中し、冷凍過程で不自然に水分子同士が寄り集まるのを防ぎ、均一に凍結することに成功。約10年をかけて、うま味成分を逃さない冷凍機を誕生させることができました。その後も試行錯誤を繰り返し、現在では冷凍庫に取り付けるだけで鮮度を保ったまま凍結できるシステムへと進化しています。

Q

CASの技術は
どのような現場で
活用されていますか?

食品工場内にて使用されているCAS付凍結機。

素材の鮮度を保ちながら冷凍できるCASは、様々な食の分野で活用されています。例えば、京料理の惣菜や弁当を販売する会社では、職人の方々が手がける伝統の味を自宅でも味わえるよう、贈答用の米の蒸し物をはじめとする料理に採用されています。また、新鮮な魚介類が取れる一方で、市場に着くまでに時間とコストがかかり、商品の価値が下がってしまうという問題があった離島にある自治体では、CASを導入することで旬の味と鮮度を保ったまま東京などの大きなマーケットへの出荷が可能に。和菓子メーカーでは、栗きんとん作りに重要な栗の鮮度を保つためにCASを採用。朝に採れた栗を炊き上げて作った栗きんとんの美味しさの再現に役立っています。

(上)CASで凍結した岩がき、(下)解凍した岩がき。

Q

食品以外にもCASの
技術は活用されて
いるのでしょうか?

細胞組織を壊さずに冷凍できるCASは、医学などの研究分野でも活用されています。特に臓器保存や再生医療の分野で注目が集まっており、iPS細胞の研究では、iPS細胞から作った神経のもとになる幹細胞を凍結保存する技術を確立し、再生医療に必要な移植用の細胞を長期保存することが可能となり、解凍後の細胞の生存率は従来の約2倍になりました。また、天文の領域では天体の赤外線撮影の解像度の向上に寄与しています。CASを使用し望遠鏡装置を低温に冷却してその温度を保持することで、解像度を妨害する赤外線ノイズを抑制し、観察が不可能であった約127億光年離れた星を観察することができるようになりました。

国立天文台ハワイ観測所。

また、地質研究の分野でも共同研究が進んでおり、海底から掘削される研究試料の保護に役立っています。土を乾燥させず、微生物を生きたまま冬眠させた状態で保管することで、貴重な研究試料を次世代の研究者へつなげています。

地球深部探査船「ちきゅう」。掘削プラットフォームで採取された試料は凍結法を用いて保管され、地球科学や生命科学に関連する学術研究に役立っています。

今後の展望は?

武庫川女子大学内にある「CAS実験室」。

質の高い日本の食材や料理はもっと世界へ出ていけると思っています。解凍したときに限りなく作り立てに近い状態を再現できるCASの冷凍技術がその後押しになればと思います。また、日本の伝統である和食や和菓子といった専門技術が必要になる分野ほど職人の方々による作業量が多く労働時間が長い現状ですが、CASを使い料理を保存することによって、労働時間の調整をすることができます。そうすれば、労働環境を理由に減少傾向にあった若手の職人が増加に向かい、伝統技術を未来へとつなぐ手助けになると考えています。現在、CASのメカニズムのさらなる解明や応用に向けた最適化のため、兵庫県西宮市の武庫川女子大学食創造科学科の分子栄養学研究室に委託研究員を常駐させ、共同研究を進めています。
食品の美味しさと安全はもちろん、食べやすさにも配慮した一歩先行く食の未来を築いていけたらと思います。

今回教えてくれたのは・・・

プロフィール写真

(株)アビー 代表取締役社長

大和田 哲男さん
(おおわだ のりお)

1966年、父親が経営する製菓・製パン機械メーカー「(株)大和田製作所」へ入社。1989年に独立し、「アビーインダストリー(株)(現(株)アビー)」を設立。1998年にCASの開発に成功。

冷凍食品とフリーズドライ食品

編集後記

学生時代は野外で採取した植物に含まれる成分の研究を行っており、採取した植物や、そこから抽出した物質を保存するのに、冷凍庫はなくてはならない存在でした。夏の暑い日に汗だくになりながら材料となる植物を採取したり、少し危険な試薬を使って成分を抽出し、夜遅くまで分析機器で分析をしたことは、今となっては懐かしい思い出です。試料の保存用の冷凍庫は、私含め、研究室の学生が大量の試料を詰め込むので、中はいつもギュウギュウ。あの時は大変お世話になりました。科学の発展にも、冷凍技術は必要不可欠なのですね。(広報室AY)

バックナンバーを読む
7月号トップへ戻る
*

お問合せ先

大臣官房広報評価課広報室

代表:03-3502-8111(内線3074)
ダイヤルイン:03-3502-8449

PDF形式のファイルをご覧いただく場合には、Adobe Readerが必要です。
Adobe Readerをお持ちでない方は、バナーのリンク先からダウンロードしてください。

Get Adobe Reader