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農林水産省

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  • aff01 JANUARY 2022
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大学農系学部に潜入! 発掘! 凄モノ情報局

大学の農系学部が研究・開発した製品と、その製品化までの道のりを紹介します。

第15回

失われた食文化を新たな地場産業へ

龍谷大学の
「姉川くらげそば」

画像:姉川くらげそば

みなさんは、「イシクラゲ」をご存じですか?イシクラゲとは、クラゲの仲間でも、キクラゲのようなきのこの仲間でもなく、ラン藻類の一種で、日本や中国、台湾などの東アジアで長い間食用とされてきました。
滋賀県の姉川流域においてもイシクラゲを食べる習慣があり、地域では「姉川クラゲ」と呼ばれ、天ぷら、酢の物、味噌汁など、幅広い料理の食材として活用されてきました。しかし、食の近代化とともに、次第にその食文化は失われてしまったといいます。
その「姉川クラゲ」の食材としての価値を取り戻すべく、2018年に龍谷大学の玉井鉄宗先生が発起人となり、同大学農学部の4学科がチームとなって「姉川クラゲプロジェクト」が立ち上がりました。そして2020年には、「姉川クラゲ」を練り込んだ乾麺のそば、「姉川くらげそば」が誕生。現在は、衛生的な「姉川クラゲ」を安定して人工的に栽培するための研究が進められています。
今回は、この「姉川くらげそば」の開発までの道のりを紹介します。

4つの研究分野から
「姉川クラゲプロジェクト」を
発足

琵琶湖の北東部を流れる姉川の夕景。

「極度の乾燥をはじめとした過酷な環境への耐性を有するなど、さまざまな珍しい性質をもつイシクラゲの研究をしたいとかねてより考えていました。私は2013年に⿓⾕⼤学⽂学部に着任し、2015年に滋賀県にキャンパスのある農学部が開設された際に、農学部資源⽣物科学科の教員となりました。そして、偶然にも滋賀県の姉川流域ではイシクラゲを食用にしていた歴史があることを知りました。これをチャンスと捉え、イシクラゲの研究を通して、失われてしまった食文化を新たな地場産業としてよみがえらせたいと思ったことがきっかけで、プロジェクトを立ち上げました」と玉井先生は語ります。
そして、食料農業システム学科の坂梨健太先生(現在、京都大学大学院農学研究科)、植物生命科学科の古本強先生、食品栄養学科の朝見祐也先生がプロジェクトチームに加わり、4つの異なる研究分野をまたいだイシクラゲの研究がスタートしました。

不思議な性質をもつ生物
「イシクラゲ」とは?

イシクラゲ

イシクラゲとは、一体どんな生物なのでしょうか? 玉井先生にその特徴を解説して頂きました。

窒素固定や光合成ができる

タンパク質やDNAの構成成分である窒素は生物の生育にとって非常に重要な元素ですが、多くの生物は、大気中の主成分である窒素分子を直接取り込むことができません。しかし、イシクラゲは、大気中の窒素を利用可能な形に変換する“窒素固定”と呼ばれる機能を持っています。このため、栽培するうえで窒素肥料を与える必要がありません。その上、光合成をすることができるので、実質水だけで育てることが可能です。

乾燥状態でも長時間
仮死状態を維持できる

乾燥状態では、生命活動が停止して休眠状態となることで、仮死状態を維持することができます。この状態から給水すると、細胞の増殖を再開することができます。87年前のイシクラゲの標本に水を与えたところ、生き返ったという文献記録もあるほどです。恐らく乾燥していれば、仮死状態でもっと長期間生き続けるのではないかと考えられています。

さまざまな過酷な環境への
高い耐性を有する

イシクラゲは、乾燥耐性以外にも、普通の生物であれば生存できないような強い紫外線や放射線、真空や高温などの過酷な環境のもとでも生存することが可能です。

機能性成分を含んでいる

動物実験や試験管レベルの実験では、血中コレステロール濃度の上昇抑制や抗酸化、抗ウイルス、抗炎症作用などの機能性が報告されています。

以上のような理由から、イシクラゲは過酷な宇宙環境や砂漠化防止に利用できる生物としても期待されています。
イシクラゲの食材としての魅力が再発見され、大量生産することが可能になれば、付加価値の高い農作物として地域活性化にもつながるのではないかと玉井先生は語ります。

かつてイシクラゲは
どのように食べられていた?

地域の方の協力のもと実施した伊吹山麓での姉川クラゲ調査(2019年)の様子。

イシクラゲを食用として栽培するために、まず地域でどのように食されてきたのか、坂梨先生がその調査に取り組みました。
「イシクラゲを食していたのは、姉川流域の中でも、主に伊吹山に近い集落の方々です。私たちが調査する頃にはすでにイシクラゲを食べる習慣はほとんど残っていませんでしたが、80歳から90歳の高齢者の方々から、当時イシクラゲをどのように食べていたかを聞くことができました」と坂梨先生は語ります。

イシクラゲを使用した、左から和え物、酢の物、天ぷら。

イシクラゲが採取されるのは、最も新鮮な状態で採ることができる3月の山の雪解けの時期。採取したイシクラゲは一度乾燥させてから保存し、味噌汁の具や酢の物に調理されていたといいます。
しかし戦後、日本の食料事情が徐々に豊かになるにつれ、海産物も手に入るようになり、イシクラゲはワカメや海苔に代替されていきます。そうして、次第にイシクラゲを食べる文化はなくなってしまったといいます。

食用可能なイシクラゲの
DNAを解析

宮古島でのイシクラゲの調査風景。

過酷な環境で生存できるイシクラゲはさまざまな場所で自生しており、決して珍しい生物ではありません。しかし、イシクラゲの塊の中には、他の微生物や不純物が混じって自生していることが多いそうです。そういったイシクラゲは食用には適さないため、古本先生は、姉川の伊吹山に自生している、いわゆる「姉川クラゲ」と、現在も食文化として残っている沖縄県宮古島のイシクラゲのDNAを解析しました。
すると、いずれのイシクラゲも、他の微生物や不純物を含まない純粋なイシクラゲであることが明らかになりました。この研究は、食用に適した純粋なイシクラゲを人工的に栽培する条件を探るためのヒントにもつながりました。

イシクラゲを人工的に
栽培するための条件とは?

龍谷大学で栽培されているイシクラゲの様子。

そして、人工的な栽培方法を確立するための研究を行っているのが、プロジェクトの発起人である玉井先生です。
「イシクラゲの栽培方法はまだ研究段階で、衛生的で質の高いイシクラゲを安定して大量生産するための最適な条件を探っている状態です。あちこちに自生している生物なのに、人工的に栽培しようとするとなかなかうまくいかない。条件を少しでも変えてしまうと、同じイシクラゲでも形状が全く違うものが育ってしまうなど、数々の失敗を繰り返しました。しかし、試行錯誤をするうちに、人工的な栽培に適した条件がだいたい分かってきました。栽培方法の確立まではあと一歩といったところでしょうか」と玉井先生は語ります。

イシクラゲの栽培実験の様子。

現段階では、やはり「姉川クラゲ」が自生する、日当たりが良く、石灰岩の土壌で構成された伊吹山の斜面に近い環境を再現することが、食用イシクラゲの人工的な栽培に適した条件になることがわかっています。
一方、塩素を含んだ水道水を与えると上手く生育しないなど、栽培に適さない環境条件に関する知見も得られたそうです。

コシがあり喉越しもよい。
「姉川くらげそば」

「姉川くらげそば」

「姉川クラゲ」の食文化を現代に蘇らせるべく、加工品化に取り組んだのが朝見先生です。
朝見先生は、新潟県で食されてきた、ふのりをつなぎとして使用した「へぎそば」から着想を得て、イシクラゲの見た目が海藻に似ていることから、そば麺に加工することを思いつきました。また、保存性を考え、乾麺にすることも決まりました。
当初、イシクラゲを“つなぎ”として利用しようとしますが、粘性が足りず、うまく製麺することができませんでした。しかし、乾燥して粉末にし、添加物としてそばに練り込んだところ、風味がよく、そばらしいコシが増したおいしいそば麺に仕上がったといいます。

学生の声!

プロフィール画像

龍谷大学 農学部資源生物科学科
植物栄養学研究室

髙上 隼輔 さん

イシクラゲの細胞レベルで見出した最適な培養条件を、個体レベルの栽培条件に当てはめたとき、実験室や圃場でどのように育つかといった研究を行っています。
研究では何度も失敗を繰り返し気持ちがマイナスに傾くこともありましたが、きちんと現状に目を向けることで、失敗には必ず理由があり、何度も検証することで必ず正解に辿り着けるということを学びました。この経験が将来、自分の大きな糧になると信じています。

今後の研究について

イシクラゲの栽培方法の研究

イシクラゲ栽培の様子。

今後はイシクラゲの栽培方法を確立し、地元で栽培できるような体制づくりを目指していきたいと玉井先生は話します。そのためには「姉川クラゲ」の認知度を高め、需要を増やしていくことも必要です。
「姉川くらげそば」は加工食品の試作品として数量限定で生産しましたが、例えば地元の料亭からの協力を得て「姉川クラゲ」の新たなレシピを考案し、食材としての地位を確立するなどしながら、農作物としての普及を目指していきたいとのこと。また、イシクラゲには機能性があることから、いずれは健康食品や医薬品、化粧品などへの利用も視野に入れているそうです。
さらに、化学肥料や農薬を必要とせず、高い環境耐性を有するイシクラゲは、環境にやさしく手間がかからないため、耕作放棄地問題を解決する一助になる可能性も秘めており、また、その機能性が注目されるようになれば、収益性の高い農業ができるようになり地域の発展へとつながることも期待できると玉井先生はいいます。将来的には、付加価値の高い農作物として、その栽培が全国に広がり、日本の農業に大きく貢献することが、「姉川クラゲプロジェクト」が目指すことのひとつです。

画像:大学外観

龍谷大学農学部

滋賀県大津市瀬田大江町横谷1-5
077-599-5601

https://www.agr.ryukoku.ac.jp/

今回 教えてくれたのは・・・

プロフィール画像

龍谷大学農学部資源生物科学科
植物栄養学研究室

玉井 鉄宗 講師

博士(農学)。専門は、土壌、植物栄養学。地域に埋もれた資源や農法の価値を再発見し、それらを現代の農業に応用する研究を行っている。2018年から姉川クラゲの栽培法の確立に挑んでいる。

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京都大学大学院農学研究科
生物資源経済学専攻比較農史農学論講座

坂梨 健太 准教授

博士(農学)。専門は、農業経済学、アフリカ地域研究。熱帯アフリカ地域を中心に、カカオ農民の生業、労働問題、森林資源利用に関する研究を行っている。近年は、日本の農業部門における外国人労働者の研究を開始している。

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龍谷大学農学部植物生命科学科
環境生理学研究室

古本 強 教授

博士(農学)。専門は、植物生理学・生化学。光量や気温など、野外環境下で起こりうる環境要素の変動に植物がどのように応答しているかに焦点を当てて研究を行う。近年は、C4光合成植物の光合成の活性調節や、気温変動への植物の応答に興味を持っている。

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龍谷大学農学部食品栄養学科
給食経営管理学研究室

朝見 祐也 准教授

博士(栄養学)。専門は、給食経営管理論、調理科学。
給食施設における新しい生産(調理)システムの開発の試みや、給食施設の「簡便な加熱温度管理手法」の開発の試みなどに取り組んでいる。

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大臣官房広報評価課広報室

代表:03-3502-8111(内線3074)
ダイヤルイン:03-3502-8449

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