廃校再生プロジェクト
地域と共生する
醸造酢メーカーの挑戦
近年、企業が廃校を工場として活用する事例が増えています。兵庫県養父(やぶ)市大屋町の「但馬醸造所」は、2006年春に廃校となった旧西谷小学校の校舎を利用して、地域と共生しながらお酢づくりに取り組んでいます。山奥の廃校から、世界で評価される商品を生み出す企業の挑戦に迫ります。
豊かな自然が
活用の決め手
兵庫県北部、但馬地域に位置する養父市は、面積の8割以上を山林が占める中山間地域です。人口減少と過疎化の問題に直面している同市では、こうした課題の解決に向けて、2006年に廃校となった小学校校舎を食品製造や地元住民の交流の場として活用する「がんばる養父市企業誘致プロジェクト」を立ち上げました。ちょうどその当時、新たな生産拠点を探していたという、同県稲美町の調味料製造企業、キング醸造(株)はこのプロジェクトに参画し、2008年春にグループ会社「但馬醸造」(のち「但馬醸造所」)を設立。旧西谷小学校でお酢の醸造をスタートしました。
旧西谷小学校があるのは、養父市でもとりわけ山深い小さな集落です。キング醸造が候補物件の中から、あえてこの廃校を選んだ理由について、所長の大友進さんは次のように語ります。「周囲の豊かな自然です。きれいな水と空気は、お酢の醸造に欠かせません。休耕地が多く、原材料の米やゆずを地元の農家さんに協力してもらって自家栽培できることも魅力でした」
大友さんは、立ち上げから還暦を迎えた2年前まで工場長という肩書でした。それ以前はキング醸造の営業マンとして、長年全国を飛び回っていたそうです。「突然の異動命令で、人よりシカが多い山奥に単身赴任することになりました(笑)」。建物の改修段階から指揮をとり、地域と折衝を重ね、人を集め、1年がかりで工場の稼働にこぎつけた立役者です。「まさにゼロからのスタートでした。山に囲まれているので、冬はかなり雪が降ります。慌ててトラックヤードに屋根を付けました。奥地から商品を出荷するのは大変ですし、いいことばかりではありません」と苦労を語ります。
体育館が製造工場に
生まれ変わる
元体育館に足を踏み入れると、お酢特有のツンと酸っぱい匂いが鼻をつきます。目の前には、ずらりと並ぶ大型タンク。体育館は天井が高く広さがあるので、大型設備を入れる工場への転用に適していることがわかります。旧西谷小学校は1987年に建て替えられたため、1981年6月から施行された新耐震基準を満たしていることも、廃校選びの際の決め手になりました。「それでも改修費用はかさみました。重量物のタンクを設置するのに床を補強したり、お酢による酸化を防ぐためにFRP(Fiber Reinforced Plastics: 繊維強化プラスチック)加工を施したり。設備費用を含めて5億円近くに上りました」と大友さん。さすがにこれだけの工場にするには、大変なコストがかかるのですね。
基本となる醸造酢は、静置発酵法という昔ながらの製法にこだわっています。体育館のステージ裏を、床壁天井すべて杉板張りにした発酵蔵に。徹底した温度・湿度管理をしながら、じっくり時間をかけて発酵・熟成させていきます。手間と時間はかかるけれど、まろやかで風味豊かなお酢になります。
地域の食材を使って
商品開発
積極的に新商品開発を行っている「但馬醸造所」の商品ラインナップは、今や30種類近くに及びます。そのすべては大友さんのアイデアから生まれているそうです。一番のヒット商品は、実はお酢ではなく卓上調味料「但馬のゆず山椒」。養父市の特産品である天滝ゆずと朝倉山椒を組み合わせました。鍋、味噌汁、刺身、麺などあらゆる料理の薬味として使えると好評です。
地域の生産者と連携した商品開発にも力を注いでいます。たとえば、「コウノトリゆずぽん酢」は蔵付酵母を利用する醤油蔵「大徳醤油」の天然醸造醤油を、「コウノトリ塩ぽん酢」は竹野浜のミネラル豊富な海水でつくられる「誕生の塩」を使用しています。地域産の食材にこだわるのは、創業以来の一貫したポリシーです。
校舎は小学校の
面影を残して利用
体育館と違って、校舎は小学校時代のままの状態で使われています。元職員室は事務所、元理科室は醸造に必要な菌類の研究や検査を行う分析室になりました。元校長室は応接室、元教室は倉庫や工場見学者へのレクチャー室として利用されています。
元教室の1つでは魚醤づくりが行われていました。「鰰(ハタハタ)魚醤」は、地元で獲れたハタハタを主原料に、麹と塩だけを使って漬け込み発酵。魚独特の生臭さを抑え、深い旨味を醸し出した1品です。
過疎化が進む地域に
雇用を生む
パート、アルバイトを含めた従業員は現在21名。その9割が地元の人々です。西谷小学校の卒業生も3名います。雇用を創出し、地域経済の活性化に貢献している「但馬醸造所」は、養父市にとってなくてはならない存在となっています。
養父市長の広瀬栄さんにお話を伺いました。「地元に魅力的な企業があれば、都市に流出した若者が戻ってきてくれます。『但馬醸造所』は、廃校を価値ある資産ととらえ活用してくれています。養父市の大切なパートナーとして、これからもしっかり連携していきたいですね」
地域に愛される
企業を目指す
「但馬醸造所」が最も大切にしているのは、地域との共生です。「親会社のオーナーからも『地域に愛される企業になりなさい』と繰り返し言われています。地域の方々と積極的に関わるのがうちの社風なんです」と大友さん。その言葉通り、新型コロナウィルス感染症の影響が出る前の2019年までは、毎年秋に、近隣住民を招いた地域交流会を開いていました。バーベキューや地元の中学校吹奏楽部の演奏などで盛り上がり、廃校に賑やかさが戻る一大イベントとなっていたそうです。ほかにもお酢を使った料理教室や料理コンテストを開いたり、地元の小学校・中学校の課外授業として、ゆずの収穫&加工体験を提供したりと、さまざまな取り組みを続けています。
2020年前半に新型コロナウィルス感染症の影響でアルコール消毒液が不足した時は、お酢の原料である食品用エタノールを活用し、代替品となる高濃度エタノール製品をスピード開発。既存商品の製造過程で発生するゆずの残渣で爽やかな香りをつけました。これを養父市内の小中学校などに無償で配布し、その後も但馬地域の市や町へ順次寄贈したそうです。食品加工以外の分野への進出と地域貢献が評価され、2021年度の「但馬産業大賞(新分野へチャレンジする経営革新部門)」を受賞しました。
“但馬ブランド”が
世界へ羽ばたく
「但馬醸造所」の年商は現在、約2億円。実はその4割が海外での売上です。輸出先は台湾、中国、アメリカ、シンガポール、マレーシア、イギリス、フランス、スペイン、オランダ、スイス、ドバイ、カタール、オーストラリア、ニュージーランド、ペルーの15カ国。キング醸造の国際事業部と元営業マンの大友さんがタッグを組んで、海外販路の開拓・拡大を進め、今後も輸出先を増やしていくそうです。「商品の品質だけでなく、山奥の廃校を活用しているというストーリーが、海外では非常に評価されています。企業のイメージアップにつながる点でも、廃校活用はメリットがあるといえますね」。世界へ羽ばたく“但馬ブランド”は、地域の希望の星となっています。
日の出ホールディングス(株)
食品カンパニー 但馬醸造所
外部リンク
お問合せ先
大臣官房広報評価課広報室
代表:03-3502-8111(内線3074)
ダイヤルイン:03-3502-8449