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農林水産省

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第4節 農業・農村の有する多面的機能の維持・発揮


農村の人口減少、高齢化により、地域の共同活動等によって支えられている多面的機能の発揮に支障が生じつつあります。また、水路、農道等の地域資源の維持管理の負担が増大し、担い手による規模拡大が阻害されることが懸念される状況にあります。このため、国民の大切な財産である多面的機能が適切に発揮されるよう地域活動や営農の継続等に対して支援を行っていく必要があります。また、併せて国民の理解の促進を図る必要があります。

(農業・農村の多面的機能の効果)

国土の保全、水源の涵養(かんよう)、自然環境の保全、良好な景観の形成、文化の伝承等、農村で農業生産活動が行われることにより生まれる様々な機能を農業・農村の多面的機能といいます。多面的機能の効果は、農村の住民だけでなく国民の大切な財産であり、これを維持・発揮させるためにも農業を継続することが重要です。

近年、各地で記録的な降雨による洪水被害等が頻発していますが、農業・農村の様々な機能の一つに、ため池や水田、畑が雨水を一時的に貯留し洪水を軽減する役割があります。

三重県津市(つし)の安濃川(あのうがわ)流域において、10年に1回発生するような雨(3日間の連続雨量)を用いて行ったコンピュータによる洪水シミュレーションの結果では、「水田がある場合(現況)」と「水田がない場合(水田が全て宅地化されたと仮定)」とで下流の河川流量を比較した結果、水田があることにより降雨後の河川のピーク流量が低減され、ピーク時刻が遅くなることが確認されています(図表3-4-1)。

図表3-4-1 水田の有無における河川流量の違い(三重県津市安濃川流域)

(多面的機能に関する国民の意識)

令和元(2019)年8から9月にかけて農林水産省が行った多面的機能に関するWebアンケートでは、多面的機能の中で特に重要だと思う役割については、「雨水を一時的に貯めて洪水を防ぐ」と回答した割合が最も高く、次いで「田畑や水路が多様な生きもののすみかになる」でした。

一方、わかりにくいと思う役割については、「医療・介護・福祉の場となる」と回答した割合が最も高く、次いで「日々の作業を通じて土砂崩れを防ぐ」の順でした(図表3-4-2)。

引き続き、多面的機能の内容や重要性に関する国民の理解を広げるために、パンフレットの作成等や全国各地のイベント等における普及・啓発活動により、多面的機能に関する分かりやすい情報提供に努めていくこととしています。

図表3-4-2 農業・農村の多面的機能の中で特に重要だと思う役割、わかりにくいと思う役割

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(多面的機能の保全に対する価値評価)

平成13(2001)年の日本学術会議の答申時には価値評価が行われていなかった機能を中心とした5つの役割を対象として、Webアンケートにより多面的機能の保全に対する価値評価を行いました。

アンケートでは、何もしなければ今後20年間で5つの役割が約10%失われるため、これらの役割を守るために農業生産活動の継続を支援する基金を設立することを仮想状況とし、基金に対する募金額を質問しました。

アンケート結果を基にそれぞれの役割に対する1世帯当たりの平均支払意思額を算出した結果、「生きもののすみかになる役割」、「農村の景観を保全する役割」の保全に対する支払意思額が高い結果となりました(図表3-4-3)。

図表3-4-3 多面的機能の保全に対する支払意思額

データ(エクセル:31KB / CSV:1KB

(多面的機能の維持・発揮を図るため日本型直接支払制度を推進)

農林水産省では、農業・農村の多面的機能の維持・発揮を図るため、平成26(2014)年度に日本型直接支払制度を創設し、平成27(2015)年度から、「農業の有する多面的機能の発揮の促進に関する法律」に基づく制度として、地域の共同活動や中山間地域等における農業生産活動、自然環境の保全に資する農業生産活動を支援しています(図表3-4-4)。

図表3-4-4 日本型直接支払制度の概要

事例:日本型直接支払制度の3つの支払制度の連携(新潟県)

新潟県糸魚川市
糸魚川市日本型直接支払運営委員会

糸魚川市日本型直接支払
運営委員会

資料:糸魚川市

糸魚川市の全景

糸魚川市の全景

資料:糸魚川市

新潟県糸魚川市(いといがわし)では、制度創設時から中山間地域等直接支払制度、農地・水・環境保全向上対策(*)に取り組み、地域の農業と農村環境の維持・向上を図っています。取組組織数の増加に伴い、地域の組織と市の事務負担が増大したため、段階的に組織を統合し、広域化を図ってきました。

市の呼びかけによって、平成27(2015)年度から日本型直接支払制度(多面的機能支払制度、中山間地域等直接支払制度、環境保全型農業直接支払制度)の事務支援を行う「糸魚川市日本型直接支払運営委員会」を設置し、個別相談や現地指導、書類提出のサポートを一元的に行っています。

組織の広域化と運営委員会の設置によって、市の事務作業が大幅に軽減されるとともに、運営委員会が一元的な相談窓口となることにより、組織に対してきめ細かな指導を行うことが可能となり、3つの支払制度がより効率的かつ効果的に活用できるようになっています。

* 多面的機能支払制度と環境保全型農業直接支払制度の前身事業(平成19(2007)年から平成22(2010)年度)

(多面的機能支払制度により242万人・団体が活動)

多面的機能支払制度は、農地や水路等の保全管理により農業・農村の有する多面的機能を維持・発揮することを目的とし、平成19(2007)年に始まりました。現在は日本型直接支払制度の一つとして実施しています。

多面的機能支払制度によって、農地、水路、農道等の地域資源の基礎的保全活動等の共同活動を支援したこと等により、平成30(2018)年度には、その活動組織数が2万8千となり、取組面積も前年度に比べて2万7千ha(1.2%)増加の229万haとなりました。また、非農業者等の共同活動への参画が拡大し、平成30(2018)年度には242万人・団体が活動するとともに、農業水利施設(*1)等の適切な保全管理等、多様な効果が発現しました。

農林水産省は、令和元(2019)年11月に全国各地の先進的な活動事例を紹介する全国研究会を開催し、活動組織や推進組織、地方公共団体職員等から500人が参加しました。本研究会では、平成30(2018)年度末に公表した施策評価の報告や消費者団体代表による講演、女性が活躍している組織や土地改良区と連携した組織による活動事例発表のほか、「女性の活躍による地域コミュニティの活性化」をテーマにパネルディスカッションが行われました。

*1 用語の解説3(1)を参照

(中山間地域等直接支払制度により7.5万haの農用地の減少が防止)

中山間地域等直接支払制度は、平地に比べ自然的・経済的・社会的に不利な営農条件下にある中山間地域等での農業生産活動を継続することを目的として平成12(2000)年度に始まり、現在は日本型直接支払制度の一つとして実施されています。

具体的には、集落等ごとに、耕作放棄の防止活動や水路・農道等の管理、機械・農作業の共同化、高付加価値型農業の実践等についての目標等を定めた協定を締結し、これらを実践する場合に、面積に応じて一定額を交付する仕組みです。

平成30(2018)年度における中山間地域等直接支払制度の協定の数は2万6千協定となり、交付面積は、前年度に比べ2千ha(0.3%)増加の66万4千haとなりました。

令和元(2019)年8月に公表した「中山間地域等直接支払制度(第4期対策)の最終評価」では、平成27(2015)年から平成31(2019)年までに、7.5万haの農用地の減少が防止されたと推計し、中山間地域等直接支払制度が農業・農村の持つ多面的機能の維持・発揮に重要な役割を果たしているとされています(図表3-4-5)。

また、本最終評価によると、ほぼ全ての地方公共団体が本制度を前向きに評価するなど、中山間地域等の農業・農村を維持・発展させていく上で必要な制度として高い評価を得ています。人口減少や高齢化といった課題の中、人材の確保、集落間や多様な組織との連携、事務の簡素化等について見直しを図りつつ、今後も中山間地域等直接支払制度を継続していくことが必要です。

図表3-4-5 中山間地域等直接支払制度(第4期対策)の最終評価の概要

(環境保全型農業直接支払制度により温室効果ガスが年間14万t削減)

環境保全型農業直接支払制度は、多面的機能支払制度と同様に平成19(2007)年度に農地・水・環境保全向上対策として始まり、現在は日本型直接支払制度の一つとして実施されています。

環境保全型農業直接支払制度では、化学肥料、化学合成農薬の使用を慣行レベルから原則5割以上低減させるとともに、地球温暖化防止や生物多様性保全に効果の高い営農活動を実施する農業者団体等を支援しています。具体的には、全国共通取組であるカバークロップ(緑肥)の作付け、堆肥の施用、有機農業のほか、地域特認取組として、地域の環境や農業の実態等を勘案した上で、地域を限定して取り組むことができる取組も支援しています。平成30(2018)年度における実施市町村数は885市町村、実施件数は3,609件、実施面積は7万9,465haとなりました。

農林水産省は、令和元(2019)年8月に、「環境保全型農業直接支払交付金最終評価」において、平成27(2015)年度から令和元(2019)年度までの実施期間の施策の点検と効果の評価の結果を公表しました。この中で、地球温暖化防止効果については、有機農業、カバークロップ等の取組について評価したところ、温室効果ガス(*1)削減量の合計は、年間で14万3,393tとなりました(図表3-4-6)。また、生物多様性保全効果については、有機農業、冬期湛水管理等の取組について評価したところ、ほとんどの取組において「効果が高い」という結果になりました(図表3-4-7)。

今後は、事務手続の負担軽減等の諸課題を踏まえた見直しを行い、取組全体の質の向上と面的な広がりを目指すこととしています。

図表3-4-6 環境保全型農業直接支払制度の取組による地球温暖化防止効果の調査結果

データ(エクセル:35KB / CSV:2KB

図表3-4-7 環境保全型農業直接支払制度の取組による生物多様性保全効果の調査結果

データ(エクセル:33KB / CSV:2KB

*1 用語の解説3(1)を参照

(農業遺産等を活用した地域活性化の取組と多面的機能に関する国民の理解を促進)

世界農業遺産は、社会や環境に適応しながら何世代にもわたり継承されてきた独自性ある伝統的な農林水産業システムをFAO(国際連合食糧農業機関)が認定する制度です(図表3-4-8)。令和2(2020)年3月時点で、世界で22か国59地域が認定されており、そのうち我が国は11地域を占めています(図表3-4-9)。

また、日本農業遺産は、我が国において重要かつ伝統的な農林水産業を営む地域を農林水産大臣が認定する制度で、令和2(2020)年3月時点で15地域が認定されています(図表3-4-10)。

図表3-4-8 世界農業遺産、日本農業遺産と世界かんがい施設遺産の概要
図表3-4-9 日本における世界農業遺産認定地域
図表3-4-10 日本農業遺産認定地域

さらに、世界かんがい施設遺産は、歴史的・社会的・技術的価値を有し、かんがい農業の画期的な発展や食料増産に貢献してきたかんがい施設を国際かんがい排水委員会(ICID)が認定する制度です。令和2(2020)年3月時点で、世界で15か国91施設が認定されており、そのうち我が国における認定施設は39施設に上ります。

事例:菊池のかんがい用水群が世界かんがい施設遺産に認定(熊本県)

熊本県菊池市
「菊池川全図」

「菊池川全図」

資料:菊池市土地改良区

井手下り「イデベンチャー」

井手下り「イデベンチャー」

資料:菊池市土地改良区

令和元(2019)年9月、十石堀(じゅっこくぼり)(茨城県)、見沼代(みぬまだい)用水(埼玉県)、倉安川(くらやすがわ)・百間川(ひゃっけんがわ)かんがい排水施設群(岡山県)、菊池(きくち)のかんがい用水群(熊本県)の4施設が新たに世界かんがい施設遺産として認定されました。

このうち、菊池のかんがい用水群は、1615年の「築地井手(ついじいで)」の建造に始まり、4つの井手や隧道(ずいどう)から構成される菊池川を水源とした施設群です。これらの施設は水田開発や山間部における飲料水の安定的な確保を可能とし、地域住民による適切な維持管理により数百年経った今も機能を低下させることなく約615haの水田を潤しています。現在では、井手を下る「イデベンチャー」や宝永隧道内の小学生向け見学会等の施設を活用した地域活性化の取組も展開されています。

また、令和3(2021)年に熊本市で開催される予定のアジア・太平洋水サミットでは、世界かんがい施設遺産をテーマとしたシンポジウムや熊本県内の4つの世界かんがい施設遺産を舞台とした体験型視察が実施される予定です。これを契機に、熊本県内のかんがい施設の重要性が広く国内外に情報発信されることが期待されます。

認定された農業遺産やかんがい施設遺産を将来にわたって継承していくためには、これらを地域資源として活用し、地域の活性化と多面的機能に関する国民の理解の促進につなげていくことが重要です。このため、各認定地域や認定施設では、認定を契機とした農産物のブランド化や観光客の増加、教育活動等に積極的に取り組んでいます(図表3-4-11)。

農林水産省では、認定地域や認定施設における取組の効果をより大きくするため、地域や施設で構成する全国ネットワーク等を活用した地域活性化等の更なる展開に取り組むとともに、首都圏の電車内や駅構内における動画の紹介、イベントの開催・出展、SNSを活用した情報発信等を通じて、制度に対する国民の理解と認知度の向上に取り組んでいます。

図表3-4-11 世界農業遺産の認定を契機としたブランド化の取組

事例:ラグビーワールドカップ開催期間の成田空港での情報発信(石川県)

石川県能登4市5町

(*)能登4市5町は七尾市、輪島市、珠洲市、羽咋市、
志賀町、宝達志水町、中能登町、穴水町、能登町

外国人観光客に世界農業遺産を紹介

外国人観光客に世界農業遺産を紹介

資料:「能登の里山里海」世界農業遺産活用実行委員会

石川県能登(のと)地域では、ラグビーワールドカップで来日した外国人旅行者に、世界農業遺産に認定された「能登(のと)の里山里海(さとやまさとうみ)」の魅力を知ってもらうため、令和元(2019)年9月17日から21日までの間、成田空港において、地域工芸品の制作体験や、農泊施設等旅行先の紹介を行いました。

訪日外国人旅行者からは「ラグビー観戦で来日したが、滞在期間中にレンタカーで能登に行ってみたい」、「景観が良く、日本酒も飲んでみたい」と好意的な声が聞かれました。



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