第11節 動植物防疫措置の強化

食料の安定供給や農畜産業の振興を図るため、高病原性鳥インフルエンザ等の家畜伝染病や植物の病害虫に対し、侵入・まん延を防止するための対応を行っています。また、近年、近隣のアジア諸国・地域において継続的に発生している越境性動物疾病の侵入を防ぐためには、関係者が一丸となって取組を強化することが重要です。
さらに、国内で継続的に発生が見られるヨーネ病等の家畜の慢性疾病や腐蛆病(ふそびょう)等の蜜蜂の疾病への対策のほか、植物防疫法に基づく対策も重要となっています。
本節では、動植物防疫措置の強化に向けた様々な取組について紹介します。
(1)家畜防疫の推進
(高病原性鳥インフルエンザが継続的に発生)
高病原性鳥インフルエンザは、その伝播力(でんぱりょく)の強さや致死性の高さから、地域の養鶏産業に及ぼす影響が甚大であり、国民への鶏肉・鶏卵の安定供給を脅かしかねないだけでなく、鶏肉・鶏卵の輸出が一時的に停止するなどの影響が生じることから、引き続き発生予防とまん延防止を図る必要があります。
令和4(2022)年シーズンにおいては、過去最大となる26道県84事例が発生し、およそ1,771万羽が殺処分対象となったことから、鶏卵の価格高騰や欠品が生じるまでの影響が見られました。
令和5(2023)年シーズンにおいては、令和5(2023)年11月に佐賀県で高病原性鳥インフルエンザの発生が確認されて以降、令和6(2024)年3月末時点で9県10事例が確認されており、およそ79万3千羽が殺処分の対象となっています(図表3-11-1)。

(高病原性鳥インフルエンザの対策を強化)
令和4(2022)年シーズンの高病原性鳥インフルエンザの発生を受け、農林水産省では、都道府県等と連携し、疫学調査等で得られた知見を踏まえ、農場における更なる発生予防対策のほか、高病原性鳥インフルエンザが発生した養鶏農家が早期に経営を再開できるよう、埋却地・焼却施設の確保や飼養衛生管理に関する指導を実施しました。
また、飼養衛生管理の徹底による発生予防対策を基本としつつ、高病原性鳥インフルエンザや豚熱(ぶたねつ)が発生した際に、殺処分頭羽数の低減を図るため、施設や飼養管理を分けることにより農場を複数に分割し、別農場として取り扱う「農場の分割管理」と呼ばれる取組の活用を推進しています。
具体的には、発生時のリスクを低減するため、生産者が農場の分割管理を活用できるよう、令和5(2023)年9月に「飼養衛生管理指導等指針」を一部変更し、推奨される飼養衛生管理上の事項の一つとして位置付けるとともに、農場の分割管理についての基本的な考え方や取り組む際のポイントについて記載した「農場の分割管理に当たっての対応マニュアル」を策定しました。
(事例)経営リスクの低減に向け、農場の分割管理を導入(青森県)


鶏舎群を区切る鉄製フェンス
資料:有限会社東北ファーム

密閉型鶏舎
資料:有限会社東北ファーム
青森県三沢市(みさわし)の採卵鶏事業者である有限会社東北(とうほく)ファームでは、経営リスクの低減に向け農場の分割管理を導入し、作業員や車両、施設等を別個に配置して飼養衛生管理を行う取組を推進しています。
同社は、東北地方でも有数の飼養規模を誇る大規模農場として生産を行っていましたが、令和4(2022)年12月に高病原性鳥インフルエンザが発生し、家畜伝染病予防法に基づき139万羽全ての飼養鶏を殺処分しました。
同社は、同様の被害を防ぐためには、飼養方法を根本から変える必要があるとの考えに至り、県や家畜保健衛生所と協議の上、新たな飼養管理体制の整備を進め、令和5(2023)年11月に、農場の分割管理を導入しました。
具体的には、約40haの農場を高さ1.8mの鉄製のフェンスで三つに分割し、それぞれに消毒ゲートや従業員が入る管理棟、堆肥舎等を設け、人・物の動線を分けました。また、これまで開放型鶏舎を含めて47棟あった鶏舎を密閉型鶏舎に統一し計31棟にした上で、三つの農場に分けて管理しています。
仮に三つのうち、いずれかの農場で高病原性鳥インフルエンザが発生しても、殺処分が当該農場に限定できる可能性が高まったことから、経営リスクの低減につながっています。
同社は、同年6月以降、段階的にひなの導入を進めており、令和6(2024)年3月末時点では約101万羽の飼養規模となっています。今後は、既存施設の改修や新規施設の整備等を進め、全国のモデルケースとして農場の分割管理の取組を推進するとともに、分割管理のノウハウ等について積極的に情報発信を行っていくこととしています。
さらに、令和5(2023)年シーズンの発生を受け、農林水産省では、都道府県に対し、飼養家きんの異状の早期発見や早期通報、発生予防、まん延防止の徹底等を改めて通知し、家きん農場における監視体制の強化を実施しました。
(養豚の主要産地である九州地方でも豚熱の感染事例が確認)
豚熱は、その伝播力の強さや致死性の高さから、地域の養豚業に及ぼす影響が甚大であり、国民への豚肉の安定供給を脅かしかねないだけでなく、豚熱の発生している地域等から豚肉の輸出ができなくなるなどの影響が生じることから、引き続き清浄化を目指していく必要があります。
我が国においては、平成30(2018)年に26年ぶりに国内で豚熱が確認されて以来、令和6(2024)年3月末時点において20都県で計90事例が発生し、約36万8千頭を殺処分しています(図表3-11-2)。令和5(2023)年8月には、佐賀県で豚熱の感染事例が確認されたことから、飼養頭数で全国の約3割を占める養豚の主要産地である九州地方においても豚熱対策の実施が急務となりました。

(関係者一体となって豚熱のまん延防止対策を推進)
九州地方において豚熱のまん延防止対策を早急に進めるため、これまでの他地域での経験や取組を活かして農林水産省・地方公共団体・生産者団体・生産者等が一体となって取り組んでいます。
具体的には、野生イノシシが豚熱に感染している可能性が否定できず、感染リスクが高まっている発生農場の周辺地域や出荷先地域との養豚生産上の関連性が強い九州7県については、いずれも豚熱ウイルスの農場への侵入リスクが増大しており、豚熱の感染が拡大する可能性があることから、九州7県をワクチン接種推奨地域に設定しました。ワクチン接種については、家畜防疫員、都道府県知事認定獣医師に加え、研修等の実施により接種が可能となった登録飼養衛生管理者を打ち手とし、速やかな実施に努めています。
また、豚熱の発生を防止するためには、日常的な飼養衛生管理の徹底が最も重要であることから、飼養衛生管理基準の遵守状況の再点検、豚の異常を発見した際の早期通報、埋却地の確保の徹底により、農場における飼養衛生管理を強化しています。
さらに、正確な感染状況の把握のため九州各県において、野生イノシシの捕獲・検査を強化しています。
(アフリカ豚熱の侵入リスクがかつてないほどに高まり)

海外旅行者への注意喚起ポスター
アフリカ豚熱(以下「ASF(*1)」という。)は、これまで我が国では発生が確認されていませんが、近年東アジアで感染が拡大しており、韓国においては北部から南部へと徐々に発生が拡大していた中で、令和5(2023)年12月以降、我が国への定期便が発着する釜山において、野生イノシシでの感染が相次いで確認されたことから、ASFの侵入リスクが、かつてないほど高まっています。ASFは有効なワクチンや治療法がなく、環境中に長く残ることから、一度侵入を許すと、我が国の畜産業に壊滅的な被害が生じることとなります。ASFの侵入リスクがかつてないほど高まっていることを踏まえ、海外からの侵入に対する警戒を怠ることなく、侵入防止や農場における発生予防に努めることが重要です。
海外からの越境性動物疾病の国内侵入を防ぐために、空港や海港において入国者の靴底消毒・車両消毒、旅客への注意喚起、検疫探知犬を活用した手荷物検査といった水際対策を徹底して実施しており、併せて関係団体等を通じ、ゴルフ場等における利用者のゴルフ用品の洗浄・消毒の実施を要請しています。また、万が一の侵入に備えた野生イノシシにおける死体処理等の防疫体制の構築を進めています。
また、越境性動物疾病対策は、国際的な協力が不可欠であるとの共通認識の下、G7の枠組み等も活用し、国際機関、獣医当局間及び研究機関間で連携した活動を行っています。さらに、越境性動物疾病が継続的に発生している近隣諸国・地域との連携を強化し、疾病情報の共有、防疫対策等の向上、診断法の開発を強力に推進することにより、アジア諸国・地域における疾病の発生拡大を防止し、我が国への侵入リスクの低減を図っています。
*1 African Swine Feverの略
(飼養衛生管理向上に向けた取組を推進)
高病原性鳥インフルエンザや豚熱だけでなく、ヨーネ病や牛伝染性リンパ腫等の慢性疾病を含む家畜の伝染性疾病への対策の基本は、病原体を農場に入れないことと農場から出さないことであり、農場における適切な飼養衛生管理、消毒等による感染リスクの低減といった日頃からの取組が極めて重要になります。このため、農場における飼養衛生管理の向上や家畜の伝染性疾病のまん延防止・清浄化に向け、農場指導、検査、ワクチン接種や淘汰(とうた)等の取組を推進しているほか、飼養衛生管理支援システムの構築を進めており、農場、都道府県の家畜保健衛生所、臨床獣医師や関係団体が連携した取組を支援しています。
また、蜂の幼虫が病原体を含む餌の摂取を通じて感染し、死亡する家畜伝染病である腐蛆病のまん延防止を推進しています。
(2)植物防疫の推進
(植物の病害虫の侵入・まん延を防止)
近年、気候変動等によりイネカメムシ等の病害虫の発生地域の拡大、発生時期の早期化、発生量の増加が確認されています。また、輸入禁止品の違法な持込件数も増加しており、これまでに国内で発生していなかった病害虫の侵入・まん延リスクが増大しています。また、中国において我が国が侵入を警戒している火傷病(かしょうびょう)の発生を確認したため、火傷病菌の宿主(しゅくしゅ)植物(花粉等)の輸入を停止しました。農林水産省では、植物防疫法に基づき、農業生産の安全や助長を図るため、病害虫の侵入防止のための輸入植物の検査等(輸入植物検疫)や輸出先国・地域の要求に応じた植物の検査等(輸出植物検疫)を実施しています。

植物等の違法な持込みの注意喚起ポスター
また、我が国への侵入を特に警戒している病害虫について侵入調査や防除等(国内植物検疫)のほか、対処法検討のための国際共同研究を行っています。
さらに、近年、ECサイト等に出品された植物の移動による病害虫のまん延リスクが懸念されることから、農林水産省では、出所不明な植物の移動に対し、植物検疫・病害虫防除の観点から、注意喚起を行うWebサイトを令和5(2023)年10月に開設しました。
このほか、植物防疫法に基づく、化学農薬のみに依存しない、発生予防に重点を置いた総合防除を推進するための基本指針を踏まえ、都道府県において地域の実情に応じた総合防除の実施に関する計画が策定されています。
病害虫の侵入・まん延リスクが高まる中、農業の現場では、病害虫診断や防除指導等の病害虫防除体制の充実・強化を図る取組が進められています。
(植物防疫法に基づき緊急防除を実施)
新たに国内に侵入した病害虫がまん延し、農作物に重大な損害を与えるおそれがあり、これを駆除する必要がある場合等には、植物防疫法に基づき緊急防除を実施しています。
緊急防除では、防除を行う区域や期間を設定した上で、発生した病害虫の種類等に応じて、(1)寄主(宿主)植物の栽培の制限又は禁止、(2)植物等の移動制限又は禁止、(3)植物等の消毒、除去、廃棄等の措置等を実施することとしています。
令和5(2023)年度は、ジャガイモシロシストセンチュウやテンサイシストセンチュウ、アリモドキゾウムシの緊急防除を継続して実施し、まん延防止に取り組んでいます。
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