第6節 農業の成長産業化や国土強靱化に資する農業生産基盤整備

我が国の農業を成長産業にするとともに、食料安全保障の確立を図るためには、令和3(2021)年に閣議決定した土地改良長期計画を踏まえ、農地を大区画化するなど、農業生産基盤を整備し良好な営農条件を整えるとともに、大規模災害時にも機能不全に陥ることのないよう、国土強靱(きょうじん)化の観点から農業水利施設の長寿命化やため池の適正な管理・保全・改廃を含む防災・減災対策を効果的に行うことが重要です。
本節では、水田の大区画化、畑地化・汎用化等の状況、農業水利施設の保全管理、流域治水の取組等による防災・減災対策の実施状況等について紹介します。
(1)農業の成長産業化に向けた農業生産基盤整備
(大区画整備済みの水田は12%、畑地かんがい施設整備済みの畑は25%)
農地等の農業生産基盤は、食料の安定供給の確保や農業の生産性向上を図っていく上で極めて重要であり、今後も効率的な整備を行っていくことが不可欠です。
令和4(2022)年の水田の整備状況を見ると、水田面積全体(235万ha)に対して、30a程度以上整備済み面積は68.0%(160万ha)、担い手への農地の集積・集約化や生産コストの削減に特に資する50a以上の大区画に整備済みの面積は11.9%(28万ha)、暗渠(あんきょ)排水の設置等により汎用化が行われた面積は47.3%(111万ha)となっています(図表3-6-1、図表3-6-2)。
また、畑の整備状況については、畑面積全体(197万ha)に対して、畑地かんがい施設整備済み面積は25.2%(50万ha)、区画整備済み面積は65.3%(129万ha)となりました(図表3-6-3、図表3-6-4)。
農林水産省では、農業の競争力や産地の収益力を強化するため、農地の大区画化、水田の畑地化・汎用化、畑地かんがい施設の整備等の農業生産基盤整備を実施し、担い手への農地の集積・集約化、畑作物・園芸作物への転換、産地形成等に取り組んでいます。
(食料安全保障の確立を後押しする農業生産基盤整備を推進)
世界の食料需給等をめぐるリスクの顕在化を踏まえ、麦や大豆、飼料作物等の海外依存度の高い品目の生産を拡大していく必要があります。また、農業者が減少する中、持続的な食料供給を確保するためには、これらに対応可能な生産基盤に転換していく必要があります。
我が国においては、これまで麦・大豆等の生産拡大や生産性向上に向けて整備が進められてきていますが、農地整備率の高い市町村ほど麦や大豆の作付けが高い割合となっており、農業生産基盤の整備が畑作物の生産拡大に向けて重要な要素となっていることがうかがわれます(図表3-6-5)。
農林水産省では、農業生産基盤整備においても、食料安全保障の強化を図るため、排水改良等による水田の畑地化・汎用化、畑地かんがい施設の整備による畑地の高機能化、草地整備のほか、農地の大区画化や情報通信といったスマート農業技術等の導入に資する基盤整備、農業水利施設の省力化、省エネルギー化、集約・再編等を推進しています。
(事例)水田の基盤整備を契機として、ねぎのブランド産地化を推進(秋田県)


大区画化された圃場
資料:秋田県

年間を通して出荷されるねぎ
資料:農事組合法人末広ファーム
秋田県鹿角市(かづのし)の末広(すえひろ)地区では、圃場(ほじょう)の大区画化・汎用化を契機として、高収益作物である「末広(すえひろ)ねぎ」の作付転換とブランド産地化を図る取組を推進しています。
中山間地に位置する同地区は、石礫(せきれき)が多い土質で、営農にも支障が見られていました。また、農地が分散し作業効率が悪いほか、高い地下水位により排水不良が生じ、水はけの悪い圃場条件であったこと等から、戦略作物の導入が進まず、複合経営に大きな支障となっていました。
このため、平成27(2015)年度から令和4(2022)年度にかけて農業競争力強化農地整備事業を実施し、139haの圃場を大区画化し営農の省力化を図りました。また、ストーンクラッシャーを活用した石礫の破砕処理による土層改良を実施するとともに、地下かんがいの導入により水田の汎用化を進め、ねぎを中心とした高収益作物の生産拡大を図っています。
同地区では、機械化の取組と併せ、暗渠排水による地下水位の低下、石礫の破砕処理等の効果が発揮された結果、ねぎの生産に関しては、令和2(2020)年に1,123kg/10aであった単収が、令和3(2021)年には1,717kg/10aにまで拡大しています。
また、令和5(2023)年産のねぎの生産量は144tとなるなど、県内でも有数のねぎの産地として拡大しており、シャキシャキとした食感で、太くて甘い特性を持つ「末広ねぎ」としてブランド化にも力を入れています。
同地区では、大区画圃場への基盤整備を契機として、ねぎの集出荷施設を始めとした園芸メガ団地の整備も行われており、今後とも水稲と野菜の生産基地として、農地の高度利用を進めていくこととしています。
(スマート農業に適した農業生産基盤整備の取組が進展)
農業分野においては、担い手不足や高齢化の進展、耕作者の経営規模拡大に伴う農作業の長期化や水需要の変化等が見られています。農業を取り巻く情勢が変化している中、実用段階に入りつつある自動走行農機やICT水管理等のスマート農業技術の活用は、地域農業の継続に極めて有用であると考えられます。このため、農林水産省は自動走行農機の効率的な作業に適した農地整備、ICT水管理施設の整備、パイプライン化等を通じて、スマート農業技術の実装を促進するための農業生産基盤整備を推進しています。
また、令和5(2023)年3月には「自動走行農機等に対応した農地整備の手引き」を一部改定し、樹園地を含む中山間地域において自動走行農機等の導入・利用に対応するための基盤整備の考え方や留意点を整理したほか、ドローンを活用する場合の基盤整備の留意点等についても追記しました。
(みどり戦略の実現に向け、農業水利施設の省エネ化・再エネ利用を推進)
みどり戦略では、食料システムを支える持続可能な農山漁村の創造に向けて、環境との調和に配慮しつつ、農業水利施設の省エネルギー化・再生可能エネルギー利用の推進を図ることとしています。
農業水利施設等を活用した再生可能エネルギー発電施設については、令和4(2022)年度末時点で、農業用ダムや水路を活用した小水力発電施設は169施設、農業水利施設の敷地等を活用した太陽光発電施設、風力発電施設はそれぞれ124施設、4施設の計297施設を農業農村整備事業等により整備しました(図表3-6-6)。これにより、土地改良施設の使用電力量に対する小水力発電等再生可能エネルギーの割合は、同年度末時点で30.9%となりました。
農林水産省は、みどり戦略の実現を後押しするため、農地の大区画化、草刈りの省力化を可能とする畦畔(けいはん)整備、ICT水管理施設整備等の農業生産基盤整備を実施し、草刈りや水管理等の労働時間を短縮することで、慣行農業と比べて労力を要する有機農業や環境保全型農業の推進に寄与しています。また、農林水産業のCO2ゼロエミッション化の推進に向けて、農業用水を活用した小水力発電等の再生可能エネルギーの導入や電力消費の大きなポンプ場等の農業水利施設の省エネルギー化に取り組んでいます。
(2)農業水利施設の戦略的な保全管理
(標準耐用年数を超過している基幹的施設は57%、基幹的水路は46%)
農業者の減少や高齢化、農業水利施設の老朽化等が進行する中、基幹から末端に至る一連の農業水利施設の機能を安定的に発揮させ、次世代に継承していくことが重要です。
基幹的農業水利施設の整備状況は、令和4(2022)年3月末時点で、基幹的施設の施設数が7,735か所、基幹的水路の延長が5万1,954kmとなっており、これらの施設は土地改良区等が管理しています(図表3-6-7)。
基幹的農業水利施設は、戦後から高度経済成長期にかけて整備され、老朽化が進行しているものが相当数あり、標準耐用年数(*1)を超過している施設数・延長は、基幹的施設が4,445か所、基幹的水路が2万3,832kmで、それぞれ全体の57.5%、45.9%を占めています。
また、経年劣化やその他の原因による農業水利施設の漏水等の突発事故については、令和4(2022)年度は1,623件となっており、依然として高い水準で発生しています(図表3-6-8)。
*1 所得税法等の減価償却資産の償却期間を定めた財務省令を基に農林水産省が定めたもの
(農業水利施設の維持管理の効率化・高度化を推進)
都市化の進展や集中豪雨の頻発化・激甚化等により、施設管理者は複雑かつ高度な維持管理を行うことが求められている一方、農村人口の減少等により、施設操作等に係る人員や、土地改良区の賦課金収入の確保が困難となりつつあり、この傾向は今後より深刻化するおそれがあります。
農業水利施設の維持管理の効率化・高度化や突発事故の発生防止に向け、農地面積や営農の変化を踏まえたストックの適正化、操作の省力化・自動化、適期の更新整備といったハード面での対応のほか、管理水準の向上、維持管理要員の確保・育成、土地改良区の運営体制の強化といったソフト面での対応も併せた総合的な対策が必要となっています。

農業水利施設の保全管理
URL:https://www.maff.go.jp/j/nousin/
mizu/sutomane/index.html
農林水産省では、頭首工(とうしゅこう)等の基幹的農業水利施設について、集約・再編、省エネルギー化・再生可能エネルギー利用、ICT等の新技術活用等を推進し、維持管理の効率化を図ることとしています。あわせて、農業水利施設の長寿命化とライフサイクルコスト(*1)の縮減を進めるとともに、突発事故の発生を防止するため、ドローン、ロボット等も活用した農業水利施設の管理水準の向上を図るほか、適期の更新整備を推進することとしています。さらに、土地改良区の合併、区域拡大や土地改良区連合の設立、多様な主体との連携等を促進することを通じて、その運営基盤の強化を図ることとしています。

更新整備された農業水利施設
資料:長野県伊那西部土地改良区連合
*1 施設の建設に要する経費、供用期間中の維持保全コストや、廃棄に係る経費に至るまでの全ての経費の総額
(3)農業・農村の強靱化に向けた防災・減災対策
(時間降水量50mmを超える豪雨の発生頻度は増加傾向)
近年、時間降水量50mmを超える豪雨の発生回数は増加傾向にあり、湛水(たんすい)被害等が激化しています(図表3-6-9)。また、南海(なんかい)トラフ地震の被害想定エリアには全国の基幹的水利施設の3割が含まれています。
頻発化・激甚化する豪雨・地震等の自然災害に適切に対応するためには、農業水利施設等の耐震化、排水機場の整備・改修等のハード対策とともに、ハザードマップ作成等のソフト対策を適切に組み合わせながら、防災・減災対策を推進していくことが重要です。
農林水産省では、頻発化・激甚化する豪雨災害を踏まえた流域治水の取組のほか、農業水利施設の安定的な機能の発揮、老朽化対策、豪雨・地震対策、ため池の防災・減災対策等を実施し、防災・減災、国土強靱化を図ることとしています。
(ため池工事特措法に基づくため池の防災・減災対策を推進)
防災重点農業用ため池に係る防災工事等を集中的かつ計画的に推進するため、「ため池工事特措法(*1)」に基づき、都道府県知事は防災重点農業用ため池を指定するとともに、防災工事等推進計画を策定しています。令和5(2023)年3月末時点で指定された防災重点農業用ため池は約5万3千か所となっています。
また、国は、防災工事等の的確かつ円滑な実施に向けて、都道府県がため池整備に知見を有する土地改良事業団体連合会の協力を得て設立する「ため池サポートセンター」等の活動を支援しています。令和5(2023)年12月時点で38道府県において設立されています。

ため池に設置された遠隔監視機器
あわせて、ハザードマップの作成、監視・管理体制の強化等を行うなど、ハード面とソフト面の対策を適切に組み合わせ、ため池の防災・減災対策を推進しています。ハザードマップを作成した防災重点農業用ため池は、令和4(2022)年度末時点で約3万6千か所となっています。
さらに、ため池に水位計や監視カメラ等の遠隔監視機器を設置することにより、豪雨時の水位データや洪水吐(こうずいばき)の状況等を遠隔地からリアルタイムで把握することが可能となり、災害時における避難指示の判断材料や初動対応の迅速化に役立つことが期待されています。流域治水の観点からも重要な取組であることから、農林水産省では引き続き遠隔監視機器の設置を支援していくこととしています。
*1 正式名称は「防災重点農業用ため池に係る防災工事等の推進に関する特別措置法」
(農地・農業水利施設を活用した流域治水の取組を推進)
「流域治水プロジェクト」は、国、流域地方公共団体、企業等が協働し、各水系で重点的に実施する治水対策の全体像を取りまとめたものであり、令和5(2023)年度末時点で109の一級水系における119のプロジェクトのうち107で農地・農業水利施設の活用が位置付けられています。
農林水産省は、流域全体で治水対策を進めていく中で、水田を活用した「田んぼダム」や農業用ダムの事前放流といった洪水調節機能を持つ農地・農業水利施設の活用による流域治水の取組を関係省庁や地方公共団体、農業関係者等と連携して推進しています。
このうち「田んぼダム」は、小さな穴の開いた調整板等の簡易な器具を水田の排水口に取り付けて流出量を抑えることで、水田の雨水貯留機能の強化を図り、実施する地域の農地・集落や下流域の浸水被害リスクの低減を図る取組です(図表3-6-10)。令和4(2022)年度の取組面積は、前年度に比べ1万8千ha増加し7万4千haとなりました。
また、令和5(2023)年度に出水が発生した際には、延べ157基の農業用ダムにおいて事前放流等によって洪水調節容量を確保し、洪水被害の軽減を図りました。

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