大学の農系学部が研究・開発した製品と、その製品化までの道のりを紹介します。
第3回
食事制限があっても食べることのできる
低カリウムを実現した島根大学の「しまね夢メロン」
昔から贈答用として重宝されてきたメロン。甘くジューシーな果肉は食べた人を幸せにしてくれます。しかし、メロンはカリウムを多く含むことから、腎臓病の治療などに際してカリウムの摂取制限がある場合には食べることを諦めなければならないことも。
そのような人たちの助けになればという想いから、島根大学の浅尾教授は2008年から低カリウムメロンの開発をスタート。
2015年からは地元企業「さんわファクトリー(株)」と共同研究を開始しました。
そして10年の研究期間を経て、2018年に「しまね夢メロン」の商品化に成功。
カリウムの摂取制限がある方でも、これまで食べることが叶わなかったメロンを美味しく味わうことができるという、まさに夢のようなメロンが誕生したのです。
今回は、この「しまね夢メロン」の開発ストーリーを紹介します!
低カリウムメロンを実現した栽培方法
「しまね夢メロン」は、養液栽培を利用した特殊な栽培方法により、カリウム量を従来のメロンよりも約40パーセント低減(日本食品成分表に記載されている数値と比較して)。この栽培方法で島根大学は特許も取得しました。甘さや食感、大きさなどは従来のメロンと比べても遜色がなく、また、食べた際に口の中で感じるピリピリ感も感じにくい、まろやかなメロンだそうです。どのような栽培方法で栽培されているのでしょうか?
カリウム量を低減させる
養液栽培の仕組みとは?
浅尾教授は、養液栽培の仕組みは実はとてもシンプルだといいます。
「メロンが成長する際に必要とするカリウム肥料を制御する必要があるために、他の肥料とは分けて、開花後にカリウム供給を減少または停止できるようにしています。あとは一般的な養液栽培(土を使わず、肥料を溶かした培養液を与えることで、植物を栽培する方法)と同じです。一般的な養液栽培では、培養液の元となる肥料として、カルシウムを含む肥料と、リン、カリウムを含む肥料の2つに分けて利用しますが、「しまね夢メロン」の栽培ではカリウムも別にしておきます。肥料を分けることで設備として余分な経費もかかりますが、開花後8週間ほどはカリウムを与えないので、その間のカリウム肥料の経費が必要なくなります。」
しかし、いくらシンプルとはいえ、もちろん一朝一夕でこの栽培方法が確立されたわけではありません。開発が成功し、市場販売に至るまで10年が費やされているのです。
水に溶けやすいカリウムの
性質から見出した可能性
「祖父が透析患者で、好きなメロンを食べることが出来ない。低カリウムメロンを作ることは出来ませんか?」
低カリウムメロンの開発は、2008年に浅尾教授が同僚からこのような相談を持ちかけられたことから始まりました。そして教授は、以下の2つの理由から、養液栽培に低カリウムメロンを実現するための可能性を見出します。
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1
メロンに肥料として与えるカリウムは水に溶けやすいことから、果実が肥大する際にカリウムを余分に吸収している可能性がある。そこで、この果実が肥大するタイミングでカリウム制限を行い、余分なカリウムの吸収を防ぐことができれば、果実の大きさや品質を損なうことなく、カリウムの含有量を低減させることができるのではないか。
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2
土耕栽培でカリウム肥料だけを制御するのは難しいが、養液栽培なら水に肥料を溶かした培養液を用いるため、それが容易にできるのではないか。
試行錯誤を経て
栽培方法を確立するまで
研究当初は、開花後に培養液中のカリウム濃度を低下させることで低カリウムメロンを作ることに成功しました(特許取得)。しかし、実験レベルから栽培レベルへと規模を拡大すると、果実の裂果や安定した低カリウム化ができなくなるという品質の課題に直面します。
そこで、開花前までは十分なカリウムを与え、開花開始数日後にカリウムを完全にカットする方法を試みました。その結果、安定した「低カリウムメロン」の生産が可能となりました。しかし、開花後、果実が肥大するのに必要なカリウム肥料を完全にカットしたことにより、根からカリウムを摂取することができず、カリウムの供給源が葉となり、葉から移動するカリウムの量が多すぎる場合には、葉が黄色くなって光合成が低下し、果実肥大や糖度にも影響するという問題がおきます。
そのため、開花するまでのカリウム供給量、メロンに付ける葉数(一般的にメロンは果実を大きくするためには10枚ぐらいの葉が必要とされています)、開花後のカリウムカットのタイミングなどを幾度も検討し、2016年にようやく現在の養液栽培を確立させました。
カリウムの摂取制限がある方にも美味しいメロンを
こうして開発に成功した低カリウムメロンは、透析患者の方々に“これまで我慢するしかなかったものを食べることができるという夢を与えるメロン”ということで、「しまね夢メロン」と名付けられました。実際、メロンを試食した方の中には、「こんなに味の濃いものを食べたのは久しぶりだ」と涙を流して喜ぶ人もいたのだとか。
現在では共同研究のパートナーである「さんわファクトリー(株)」が生産・販売を行い、松江市のふるさと納税品に採用されたり、県外の透析クリニックから多くの注文を受けるなど、徐々に販路を拡大し、カリウムの摂取制限のある方にメロンを食べるという“夢”を届けています。
\学生の声!/
島根大学
生物資源科学部 施設園芸学研究室
桑原 瞬さん
低カリウムメロンの安定した生産に向けて、カリウム供給を停止するタイミングと果実品質について研究しています。低カリウムメロンは従来の栽培方法からカリウム施肥を制限するという、言葉にしてみると非常にシンプルな改良方法かもしれません。しかし、この1点の改良を行う事によって、これまでメロンを口にすることができなかった人でも食べることができるようになる、大勢の人の食を豊かにするという非常に大きな変化へと繋がります。私はこの研究を通してひとつの変化が大きな幸せに繋がることを知りました。世の中には、このように“ひとつのこと”で沢山の人を幸せにできることがまだまだあると思います。そして将来的には、この研究から得られた経験を活かして、小さなことでも見逃さずに変化を起こし、多くの人に貢献できるよう努力していきたいです。
濃厚?orさっぱり?
「しまね夢メロン」使用のアイスシリーズ
「さんわファクトリー(株)」からは、「しまね夢メロン」がより手軽に楽しめる、アイスシリーズ(アイスクリーム 、アイスミルク、シャーベット)も販売されています。メロンの濃厚な甘さと芳醇な香りはそのままに、メロン特有の“うり臭”の軽減を実現しました。
島根大学では現在、人工透析を受けている方々から「メロン以外の食べ物も低カリウム化してほしい」とのリクエストを受け、「低カリウムサツマイモ」の研究を進めています。さらに、高血圧の方やアスリート用の「高カリウムサツマイモ」を作ることにも成功したそうです(特許出願中)。
“食”とは、単に味を楽しむだけでなく、家族や友人など、“大切な人とともに同じものが食べられる喜び”も一緒に味わうことで、よりおいしく感じられるもの。「しまね夢メロン」は、アレルギーが原因でメロンを食べると口がピリピリする方にも、みんなに美味しく食べていただけるメロンになりました。病気の治療に際した食事制限などのニーズに合わせた野菜や果実が増えれば、誰もがそうした豊かな食生活を送れるようになるかもしれません。
「食べられないものを食べられるもの」へと変えることで、クオリティオブライフの向上にもつながる同大学の養液栽培技術。今後のさらなる発展に期待です!
今回紹介した島根大学の取り組みは、農林水産省が平成28年に設立した『「知」の集積と活用の場』の研究開発プラットフォームから生み出された研究成果です。
『「知」の集積と活用の場』とは、農林水産・食品分野に異分野の知識・技術等を導入して、革新的な技術シーズを生み出すとともに、それらの技術シーズをスピード感をもって商品化・事業化に導き、国産農林水産物のバリューチェーンの構築に結び付ける新たな産学官連携研究を推進する取り組みです。
|今回 教えてくれたのは|
島根大学 学術研究院 農生命科学系
生物資源科学部 農林生産学科
浅尾俊樹 教授
京都府立大学農学部農学科卒業後、1993年に島根大学農学部に助手として赴任。2003年から同大学の生物資源科学部教授に就任する。低カリウムメロンの開発を機に、現在はカリウム量をコントロールした野菜の研究開発に取り組む。
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