
大学の農系学部が研究・開発した製品と、その製品化までの道のりを紹介します。
第7回
野生鳥獣による食害などの被害について考える
麻布大学と
長野県小諸市が開発した
鹿肉ペットフード

野生鳥獣による農作物の被害額は158億円(令和元年度)にもなりますが、その約7割がシカ、イノシシ、サルによる被害であり、個体数の多いシカによる被害は深刻です。麻布大学と長野県小諸市は、ニホンジカによる被害が深刻であった同市で捕獲された鹿肉を原料としたペットフードの開発を行い、鹿を資源として活かす取り組みを行っています。
小諸市で
ニホンジカによる被害が
深刻化している要因とは?
小諸市で捕獲されるニホンジカは平成23年までは約50頭ほどでしたが、以後急速に増加を続け、ここ数年は250頭前後で推移しているといいます。一体その増加の要因は何なのでしょうか?
麻布大学獣医学部の南准教授によると、まだはっきりとした原因は掴めていないものの、以下のような理由が考えられるそうです。
1
近年の
暖冬傾向
暖冬の年が増えたことで降雪量が減少し、本来であれば死んでしまう個体の生存率が上昇している。
2
山間部の
過疎化
里山に住む人が減少したことで、二ホンジカの活動範囲が広がっている。
3
ハンターの
減少と高齢化
ハンターの減少と高齢化が進み(小諸市に所属する猟友会会員の平均年齢は67歳)、捕獲にあたる人手が不足している。
ニホンジカによる小諸市の被害の現状
ニホンジカが農作物や草木を食べることによる“食害”により、小諸市でも農業生産や生態系などに深刻な被害が発生しています。
農業への被害
りんごや高原野菜など、同市の特産品の生産に大きな影響を与えています。例えば、りんごの木の皮を剥いで食べてしまうことで木が枯れてしまい、りんごの生産に深刻な影響を及ぼしています。

かじられたりんごの木。

食い荒らされたキャベツ。
生態系への
影響
ニホンジカが標高の高い高山にまで生息域を広げたことで、希少な高山植物が食べられてしまい、それらの植物に依存する昆虫にも影響が及んでいます。
観光業への
影響
一部の地域では、夏に開花するはずの高山植物が食害を受け減少したことから、花畑の鑑賞を目的とした観光業への影響も懸念されます。
森林の減少による
影響
山地の植物が食害を受けることで、保水力のある森林が減少し、水源の枯渇や、土砂災害が発生する危険が高まります。
こうした被害を少しでも減らすために、小諸市は二ホンジカの捕獲・駆除を進めています。しかし、対策には多額のコストと労力を必要とするため、これまで処分するしかなかったニホンジカを資源として活かすことはできないだろうかと考えた結果、 “良質な鹿肉ペットフードを作る”事業としてスタートすることにしました。
麻布大学が鹿肉ペットフードの
開発をサポート
麻布大学では、小諸市で捕獲された鹿肉の安全性を確認するため、寄生虫や病原性微生物の有無の調査を実施。さらに、飼い主の理解と協力を得た上で、同大学附属動物病院で診療を受ける犬に同市の鹿肉を与える臨床実験を行いました。
臨床実験から得られた結果から、アレルギーなどで治療を受けている犬に対して、食欲を増進するなど有効なトッピング・フードになりえると南准教授はいいます。


鹿肉の新たな活用に向けた
取り組み
さらに、麻布大学では次の商品企画として、独自に「鹿肉のサラミ」の開発に取り組んでいます。
サラミを作製する過程で 乳酸発酵と乾燥を行います。 そのため、加工製品として 鹿肉の保存性を高めることが 期待できます。さらに製品中で 増殖する乳酸菌の効果により、 犬の腸内細菌叢の善玉菌を 増やす可能性も考えられます。
そこで、「鹿肉のサラミ」がペットフードとして適しているかを探るために実験のひとつとして行われたのが、犬の“嗜好性実験”です。
嗜好性実験は、犬の前に鹿肉と発酵させた鹿肉をランダムに配置し、どちらを早く食べるか時間を計るという形で行われました。すると犬たちは、発酵した鹿肉の方に、より早く興味を示し食べるという傾向が見られたといいます。
この実験から犬の嗜好性についてはクリアできたものの、次に問題となったのはサラミに含まれる塩分。犬にとって塩分は害となるため、現在は適切な塩分量を探ることが課題となっているそうです。
鹿肉ペットフード
「Komoro Premium Venison Pet Food」
こうして麻布大学と小諸市の共同研究により、2016年からスタートした鹿肉ペットフード開発事業。現在、同市で捕獲されたニホンジカの100%がペットフードとして活用されており、持続可能な鳥獣対策を実現させる大きな一歩となりました。

小諸市のオリジナルブランドである鹿肉ペットフード「Komoro Premium Venison Pet Food」は安全性を保つため、衛生管理の行き届いた施設で解体処理から製造まで一貫して行われています。また、保存料・防腐剤を含まず、アレルゲンとなりやすい原材料を極力使わずに作られているのも特徴です。

ラインナップは以下の5種類。現在はオンラインや動物病院などで販売されている他、小諸市のふるさと納税の返礼品としても採用されています。
小諸プレミアム
ヴェニソン ジャーキー

新鮮な鹿肉を乾燥させたシンプルなジャーキー。
小諸プレミアム
ヴェニソン ドライフード

ミンチ状にした鹿肉をメインに、国産マグロや小諸市産の野菜、米粉などをブレンドしており、主食にも適しています。
小諸プレミアム
ヴェニソン ウェットフード

鹿肉と寒天のみから作られたウェットフード。ドライフードに混ぜて与えます。
小諸プレミアム
鹿のアキレス腱

ニホンジカ1頭から4本しか作れない希少部位。
小諸プレミアム
鹿の角

鹿の角を12センチメートルにカット。角をかじることで歯石が落ち、愛犬の口臭予防にも。
今後の目標
麻布大学と小諸市の共同研究により誕生した「鹿肉ペットフード」は、これまで廃棄するしかなかったニホンジカの捕獲個体を資源として活かし、持続可能な鳥獣対策を可能とする先進的モデルとして、今、他の自治体や学会からも注目されています。
この「鹿肉ペットフード」を都会に住む愛犬家の方々に手にとってもらうことで、鳥獣害による農作物被害に苦しんでいる地方の農家や、種の存続が危ぶまれている動植物の被害の現状を知るきっかけとなる、“橋渡し的存在”になればと南准教授は語ります。今後、そういったチャンスを広げるためにも、現在は猫を対象とした猫専用ペットフードの研究も進めているそうです。

|今回 教えてくれたのは|

麻布大学獣医学部
動物応用科学科 野生動物学研究室
南 正人 准教授
理学博士。専門は哺乳類学。ニホンジカの音声行動で博士号取得。1989年より共同研究者と共に宮城県の金華山島で1000頭のシカの生涯を継続観察し、社会生態学的研究を行う。2008年から浅間山でシカやカモシカの調査を続けている。

麻布大学獣医学部
動物応用科学科 食品科学研究室
竹田 志郎 准教授
2015年より麻布大学獣医学部動物応用科学科にて教育研究を行う。研究テーマのひとつとして、野生動物肉の有効利用に関する研究がある。乳酸菌による発酵を利用することで、野生動物肉の保存性向上且つ付加価値をつけた製品の作製を目指している。

小諸市役所 産業振興部 農林課 主査
【野生鳥獣専門員】
竹下 毅 さん
宮崎大学教育学研究科ならびに北海道大学文学研究科にて野生動物の生態(保全生態学)について研究を行う。2011年度、野生鳥獣保護管理のコーディネータ(野生鳥獣専門員)として長野県小諸市役所に入庁。猟友会ならびに税金に頼らない野生鳥獣保護管理体制の構築に取り組む。

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