
大学の農系学部が研究・開発した製品と、その製品化までの道のりを紹介します。
第11回
廃棄されていたカニ殻を再利用!
⿃取⼤学の
「キチンナノファイバー」

カニといえば冬のご馳走ですが、食べる際に硬い殻は邪魔者扱いされがちです。しかし、鳥取大学の伊福教授がカニ殻由来の新素材“キチンナノファイバー”を開発し、カニ殻の有効活用に向けた研究を行なっています。
“キチンナノファイバー”とは、乾燥させたカニ殼などの甲殻類の外皮から抽出したキチンという物質を粉砕し、直径約10ナノメートル(髪の毛の太さの約1万分の1)というサイズまで微細化したものです。
研究が進められたのは、ベニズワイガニの水揚げ日本一の鳥取県。食品加工後に大量に発生するカニ殼を、膨大な廃棄コストをかけることなく有効に利用できるキチンナノファイバーは、幅広い分野に応用できる可能性があると同教授は語ります。
鳥取県ならではの
地域資源を活用

キチンナノファイバーの顕微鏡写真。
鳥取大学の伊福伸介教授は、鳥取大学に赴任する際に「蟹取県」と言われるほどカニで有名な鳥取県ならではの研究をしたいと考え、キチンナノファイバーの研究開発をはじめました。
教授は同大学に赴任する前、木材のセルロースによるナノファイバーの研究をしていました。
セルロースとキチンは構造が非常に似ているため、それまでの経験を生かして、今度はカニ殻からキチンナノファイバーを抽出しようと考えたそうです。
研究の結果、キチンナノファイバーにはたくさんの特徴があることが判明しました。それまで再利用方法が少なく大量に廃棄されていたカニ殻が有効活用できることがわかり、「鳥取県ならでは」の新しい産業開発がスタートしました。
カニ殻の主成分
「キチン」とは?

キチンの化学構造式。
キチンとは、カニやエビのような甲殻類の殻だけでなく、昆虫のような節足動物の外皮、貝殻、そしてきのこにも含まれている天然の素材です。
地球上で合成される量は1年間で10の10乗から11乗トンにもなると推測されているなど、豊富に存在する生物資源です。しかし、キチンは水に溶けずにすぐに沈殿してしまうため非常に加工しづらく、利用方法が限られており、これまでほとんど産業利用されてきませんでした。
ナノファイバーにすることで
応用性UP!

加工前のカニ殻(左)とキチンを抽出したカニ殻(右)。

粉砕したカニ殻。
そこで伊福教授は、セルロースナノファイバーの研究で得た経験を活かして、カニ殻からナノファイバーを製造することに取り組み、以下のような製造工程で、キチンからナノファイバーという極細繊維として抽出することに成功しました。
製造工程
1
乾燥したカニ殻を特殊な製法で煮る
カニ殻からカルシウム、タンパク質、脂質、色素を取り除くため、薬品の入った釜で煮て高純度のキチンを抽出。
2
機械処理でキチンを微細化
抽出したキチンを湿式粉砕器に通し、ナノサイズの極限まで微細化して完了。

こうして生み出されたキチンナノファイバーは水との馴染みがよく、液体に混ぜてジェル状にしたり、塗料のように他の素材に塗ったりすることもできるため、汎用性が大幅に向上しました。

ジェル状にしたキチンナノファイバー。
加工しやすくなるだけでなく、さまざまな実験を行えるようになったことも、ナノファイバーの大きな特徴です。そのことが、キチンナノファイバーの利用に向けた研究が進むきっかけになりました。
\学生の声!/

鳥取大学大学院
持続性社会創生科学研究科
有機材料化学研究室
船越 遥香 さん
私は止血材を志向したキチンナノファイバースポンジの研究に取り組んでいます。カニ殻由来の新素材「キチンナノファイバー」の優れた機械的特性や生理機能を踏まえ、高強度のキチンナノファイバースポンジを作製し、血液の凝固能や抗菌性評価を進めています。研究活動を通してさまざまな分野でカニ殻が有効利用できることを学びました。将来は天然資源がもつ可能性を見出し、新たな製品の開発に繋げていきたいと考えています。
キチンナノファイバーの
効果と展開
キチンナノファイバーの開発成功から13年。伊福教授は医療や食品の分野でさまざまな効果を確認してきましたが、さまざまな研究者との共同研究や他業種との協働を続ける中で、他にもいろいろな効果があることがわかってきたといいます。そこで、伊福教授は鳥取大学発のベンチャー企業(株)マリンナノファイバーを立ち上げ、キチンナノファイバーのさまざまな分野への発展を目指しています。
「キチンナノファイバーには保湿作用や角質層を補修してバリア機能を強化する効果が期待できるため、スキンケアジェルやリップクリームに配合することで肌にすっと馴染んで潤いをもたらし、刺激から守ってくれます。また、まだ実用化には至っていませんが、キチンナノファイバーの機能から、植物の成長促進や病害抵抗性の向上、小麦生地の強化といった農業や食品への応用も期待できます。」と同教授はいいます。

スキンケア「カニダノミシリーズ」。

写真は、小松菜におけるキチンナノファイバーの成長促進効果を確かめる実験の様子です。鳥取大学の研究では、植物にキチンナノファイバーを肥料として与えると、成長が促進されることや、あらかじめキチンナノファイバーを植物に散布しておくと、病害抵抗性が誘導され、立ち枯れを抑制できることが確認されています。

キチンナノファイバーは食品添加物としての活用も検討されています。例えば、強力粉200グラムにあらかじめキチンナノファイバーを添加しておくと、強力粉250グラムを使用した場合と同程度の体積のパンが得られることが実験から明らかになっており、パン製造の分野で製パン性の向上に役立つことが期待されているそうです。
これからの展望について
伊福教授は今後の目標について、「キチンナノファイバーは化粧品だけでなく、医薬品、健康食品、農薬、肥料など幅広い分野で活用できるということがわかっていますが、まだまだ未知の潜在的な機能もあると想定されています。
今後この新素材の開発・普及においては、まずは鳥取県の産業を活性化していくことを目標としており、いずれ鳥取県をモデルケースとして、石川県や新潟県などカニ漁がさかんな地域に広げていくことを目指しています。
そしてさらにはバングラデシュやタイなど、エビの養殖がさかんな海外までこのキチンナノファイバーの有効性が広がることで、新しい産業を生みだし、世界各国のさまざまな課題の解決に貢献していきたいと考えています。」と語ります。
今回紹介した鳥取大学の取り組みの一部は、農林水産省が平成28年に設立した『「知」の集積と活用の場』の研究開発プラットフォームから生み出された研究成果です。
『「知」の集積と活用の場』とは、農林水産・食品分野に異分野の知識・技術等を導入して、革新的な技術シーズを生み出すとともに、それらの技術シーズをスピード感をもって商品化・事業化に導き、国産農林水産物のバリューチェーンの構築に結び付ける新たな産学官連携研究を推進する取り組みです。

|今回 教えてくれたのは・・・|

鳥取大学
工学研究科化学・生物応用工学専攻
伊福 伸介 教授
農学博士。専門は生物材料化学。2008年に鳥取大学に着任したことをきっかけに、カニ殻の主成分であるキチンのナノファイバーに関する研究を開始。異分野融合研究によりキチンナノファイバーの多様な機能を明らかにしている。2016年に大学発ベンチャー「(株)マリンナノファイバー」を設立。キチンナノファイバーを機能性原料として販売し、その普及に努めている。50種類以上のナノファイバー配合製品が誕生している。

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