
大学の農系学部が研究・開発した製品と、その製品化までの道のりを紹介します。
第21回
放牧を中心に北海道産飼料で育てる
北海道大学の
「北大短角牛」

北海道日高郡新ひだか町にある北海道大学の静内研究牧場では、森林や川を有する約470ヘクタールの放牧地で、和牛のひとつである日本短角種約150頭を飼育しています。日本短角種は、日本で飼育される肉牛の中でも数が少ない希少な品種です。同大学では、このウシを特色のある飼育法で育て「北大短角牛」としてブランド化しました。今回は同大学が行う放牧を主体とした日本短角種の生産や、そのブランド化までの道のりを紹介します。
持続可能な
土地利用型の
家畜生産システム
「私たちの研究では、ヒトが直接食べることのできるトウモロコシや大豆といった穀物ではなく、ヒトが直接食べることのできない草を草食動物に食べてもらい、ヒトが食べることのできる肉や乳に変えてくれる彼らの能力を、最大限に発揮できる方法で飼育を行おうという考え方を代々継承しています」。静内研究牧場長の河合正人准教授が語るように、北海道大学家畜生産の分野では、60年にわたってその土地を活かし放牧にこだわった、持続可能な家畜生産システムを目指した活動を続けています。
放牧期間中は牧草だけで
すこやかに育つ日本短角種

母ウシのミルクを飲む子ウシ
日本短角種について、河合准教授は、「放牧時期であれば、牧草以外の飼料を必要としないことが最大のメリットです」と語ります。一般的な黒毛和種等の飼育においては、飼料として、エネルギーやたんぱく質が豊富な穀類、大豆粕などが必要となります。しかし、日本短角種は、繊維質が多い牧草を効率よく利用することができるため、牧草のみを飼料とした放牧でも飼育することが可能なのだそうです。「5月から10月の夏季は終日放牧を行い、牧場内に生えている牧草だけを食べさせてウシを育てます。また、ウシの排せつ物も、堆肥として牧草地や飼料畑に還元しています。しかし、冬場は雪が積もり、飼料となる牧草もなくなってしまうため、屋根のある畜舎にウシを入れます。この時期の飼料は牧草を乾燥させておいた干草と、場内で収穫したトウモロコシの茎や葉を発酵させた貯蔵飼料が主体で、海外から輸入した穀物は使用していません。飼料自給率は80パーセント以上となっており、場内で賄いきれない残りの20パーセントは、道内小麦の製粉の際に出たフスマや規格外の小麦などを使ったエコフィード(食品残さ等を利用して製造された飼料)を活用しています」と同准教授は語ります。このように、「北大短角牛」は、大学の牧場内の牧草を中心として北海道産の飼料のみを活用し、物質循環を大切にした土地利用型の家畜生産システムを確立しています。

自然環境を活かした
独自の放牧

放牧の風景
放牧というとなだらかな丘が広がる大地を思い浮かべるかもしれませんが、静内研究牧場は山の中にあって斜面が多く起伏に富み、森林や川も流れる地形。そんな環境でも、蒸し暑い季節は風通しの良い木陰を選ぶなど、ウシたちはごく自然に使い分けて暮らしています。「畜舎で管理する飼養と違い、環境要因はその年によって変わるので、計画的な飼い方はできません。牧場内の一部の牧草だけを食べ尽くさないようにウシの行動をコントロールしながら、牧草をたくさん食べさせるため、牧草の質も維持する必要があります」。ウシを追って移動させるのではなく、囲いを変えてウシの行動を制御し、環境への負荷がかからないように管理するなど、ウシにとってより良い環境を維持できるように努めているそうです。

ウシの行動観察実習
研究の成果と課題
乳量の多い日本短角種の特徴を活かして、通常は生後3カ月ほどで離乳するところ、北海道大学では半年以上も子ウシを母乳で育てています。ちょうど放牧を終えて畜舎に入れる頃に離乳するので、環境の変化とのダブルショックで成長が止まってしまうこともあって注意が必要です。また、近年の研究で、2年目も放牧を行うことが成長にダイレクトに影響を与え、それが脂肪の入り方や柔らかさといった肉質にも関わるということが明らかになりました。離乳のタイミングと2年目の放牧、この二つの点が今後の研究の課題となっています。

冬の育成牛舎
コロナ禍をきっかけに
ブランド化
日本においては、黒毛和種に代表されるように、サシ(赤身に入る網目状の脂)の多い柔らかな肉が人気です。日本短角種は、和牛の中では脂肪が少なくしっかりとした噛みごたえのある肉質で、生の牧草に含まれるカロテンの影響で脂は黄色味がかっています。しかし、このように硬めの肉質、黄色味がかった脂身といった特徴は、一般市場に出しても売れにくく、卸売業者を探すのに難航したそうです。放牧にこだわる想いを理解してくれる業者を探すことは、飼養を始めた当初から現在まで続く課題なのです。
2020年以降のコロナ禍は畜産業にも大きな影響を与え、北海道大学の食肉販売も危機に直面しました。「その頃、取引をしていた業者の方から、“北大”という名前をオープンにして銘柄化してはどうかというご提案をいただき、ブランド化を決断しました」。頭数自体が少ない上に、放牧メインで育てられる希少性、そしてウシにストレスをかけない飼い方など、他の肉牛にはない個性を誇る「北大短角牛」。このブランド化が、牛肉の多彩な味わいや大学の畜産研究についてより広く知ってもらう契機になればと、河合准教授は語ります。

北大短角牛
\卒業生の声/

北海道大学 大学院農学院 修士課程修了
(農学専攻 生命フロンティアコース
畜産科学ユニット 畜牧体系学研究室)
牛 媛南 さん
私は、輸入飼料に頼らず自給粗飼料主体で肉用牛を育てる研究の一環で、日本短角種の放牧試験を行なっていました。育成放牧期に割り当てる草量を増やして増体(成長)成績を高めることで、肥育後の枝肉成績や肉質を改善できることが分かりました。静内研究牧場の山あり谷ありの放牧地で短角牛が群れで採食している光景を振り返ると、とても貴重な環境で学ばせていただいていたのだなと感じています。牧場で研究していた経験から、農業の難しさ、ままならなさ、だからこその面白さをもっと楽しみたいと思い、北海道で農産物加工品の商品開発、製造販売などを行う会社に就職しました。加工芋農家さんを技術・知識面でサポートするフィールドマンという職業についています。海外情勢の変動に伴いさまざまな原料の値上げなど厳しい現状に面していますが、農家さんの利益を確保し、自立した日本の農業形態に貢献できたらと思っています。
今後の研究について

(左)子ウシの体重測定の様子(右)牛舎管理実習
現在の日本における肉牛の生産現場では霜降りが重宝されるため、より脂肪が入るよう、大半のウシが海外から輸入した穀物で育てられています。「日本人が作り出した霜降り牛肉をリスペクトしながらも、原点に近い、ウシ本来のあり方で飼育する畜産のかたちもあることを知ってもらいたい」と河合准教授は語ります。「牛肉にも色々な味わいがある。そうした肉牛の多様性に関する気づきから、日々の食文化について考えるきっかけになれば」と、講演会などで飼養について話す活動にも取り組んでいます。
「環境に配慮した家畜の飼育」という課題は、元々北海道大学の研究のバックグラウンドにあったもの。「ウシ本来のあり方で飼育する」という考えをベースに、牧場内の草を中心にすべて北海道産の飼料でまかない、排せつ物は堆肥として採草地や飼料畑に還元するなど、自然環境を活かしながら持続的に行う飼養。「ここ数年でSDGsという言葉をよく耳にするようになりましたが、やっと時代が我々の研究に近づいてきた、とよく話しています(笑)」。北海道大学が長年にわたって続けてきた畜産の研究は、まさに持続可能な食料生産に繋がっています。

北海道大学
北方生物圏フィールド科学センター
静内研究牧場
北海道日高郡新ひだか町静内御園111
0146-46-2021 https://www.fsc.hokudai.ac.jp/center/shizunai/
|今回 教えてくれたのは・・・|

北海道大学 北方生物圏フィールド科学センター 静内研究牧場 牧場長
河合 正人 准教授
博士(農学)。専門は家畜飼養学。「ミヤコザサを利用した北海道和種馬の林間放牧に関する研究」で学位取得(北海道大学)。1998年より帯広畜産大学に着任、馬および乳牛の放牧管理に関する栄養学的・行動学的研究を行ない、2015年より現職。日本短角種を用いた土地利用型の牛肉生産システムについての研究を行いながら、赤身牛肉や放牧牛肉の普及を目指している。

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