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aff 2022 SEPTEMBER 9月号
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食と地域を支える研究者 暮らしと地域を豊かに!植物由来の「新素材」研究の最前線

食と地域を支える研究者 暮らしと地域を豊かに!植物由来の「新素材」研究の最前線

日本から誕生した植物由来のバイオ系新素材が、国内外から注目を集めています。私たちの生活に欠かせないさまざまな製品への活用はもちろん、地域に新たな産業を生み出したり、農業の生産性を高めたりといった観点からも期待が高まっています。今回は、こうした新素材の開発に向けた研究の最前線に迫ります。

1 中山間地域に
新たな産業を創る!
スギを原料とする
「改質リグニン」

日本の国土の約7割を占める「森林」。このうち約2割が「スギ」の人工林です。近年、このスギを活用した日本発の画期的な新素材「改質リグニン」の実用化に向けた研究が進められています。「改質リグニン」とは、どんな素材なのでしょうか。開発者である、国立研究開発法人 森林研究・整備機構 森林総合研究所(以下、森林総合研究所)新素材研究拠点の山田竜彦拠点長にお話を伺いました。

森林総合研究所 新素材研究拠点 山田竜彦 拠点長 森林総合研究所 新素材研究拠点 山田竜彦 拠点長

学生時代からバイオマス研究に従事し、卒業後に森林総合研究所へ入所。2014年には改質リグニンの研究コンソーシアム「SIPリグニン」を設立し、2019年にはその活動を引き継いだ後継コンソーシアム「リグニンネットワーク」を設立。改質リグニンの可能性を追求するとともに、日本発の新産業創出を目指している。

“未開の素材”リグニン

リグニンは、陸上のすべての樹木に含まれる成分で、重力に逆らって高く成長するために必要な、強度を保つ成分として備わっています。こうした性質から、高強度、高耐熱性の材料としての活用が期待されてきましたが、これまで実際に素材として活用された例はありませんでした。その理由について、山田拠点長は「構造があまりにも多様だからです」と語ります。
「安定した品質が求められる工業材料は、均一で性質が一定であることが求められます。しかし、リグニンの化学構造は、樹木の種類によってだけではなく、同一の樹種でも、生育環境によって変化します。さらに、同じ樹木の中でも、例えば枝と根元では構造が違います。こうした構造の多様性から、リグニンは長らく“未開の素材”とされてきました」
2003年から2年間、アメリカの大学であらゆる樹木のリグニン構造を分析し、帰国後も研究を続けた山田拠点長は、ついに私たちの身近にある「スギ」に含まれるリグニンが均一で、構造のバラつきが少ないことを明らかにしました。

木材の成分割合

樹木は、20パーセントから35パーセントの「リグニン」と40パーセントから50パーセントのセルロース、20パーセントから25パーセントのヘミセルロース、そして数パーセントの微量成分で構成されています。リグニンは、樹木の強度を保つ成分です。

スギの原木と改質リグニン。なお、スギにつかまるカブトムシは、3Dプリンター用生分解性改質リグニンフィラメントを材料に、3Dプリンターで造形したもの。精巧でとても軽量です。

日本の森林に広がる資源

「日本ではどこにでも見かけることができるスギですが、実は日本固有の針葉樹。また、古くからスギを木材としてさまざまな場面で活用してきた日本には、植林、栽培、伐採、製材といった施業体系が整っていて、安定的な原料の供給が可能です。資源のない国どころか、日本の森林は、まさしく『宝の山』だったのです」
リグニンを効率的に抽出するため用いられたのが、ポリエチレングリコール(以下、PEG)という化合物です。これは、食品添加物や化粧品などにも使用される薬剤としても知られています。
また、スギのリグニンは、PEGとの反応により分解され、PEGが結合した『改質リグニン』となります。改質リグニンは熱に強く、さらに、熱を加えて押したり引っ張ったりすることで、さまざまな形に加工することが可能です。しかも、生分解性で、環境にも優しい素材です。
こうした性質から、改質リグニンは、さまざまな製品の素材としての活用が期待されています。

改質リグニンの製品展開例

改質リグニンは繊細さを要する電子部品から、確かな強度が求められる自動車の部品まで、さまざまな用途への活用が期待されています。

ともに挑戦する仲間を探して

2021年6月には、茨城県常陸太田市に、改質リグニンの製造実証プラントが完成し、試験生産を開始。早期の実用化を目指しています。試験生産の開始までの道のりには、さまざまな苦労もあったそうです。
「技術的な面では、スギ由来のリグニンを分解した化合物の中から、改質リグニンだけを取り出すプロセスを実現するのに苦労しました。実験室でのグラム単位のスケールでは比較的スムーズに進みましたが、プラント化して工業的な規模となると、やはり大変でしたね」
しかし、もっとも苦労したのは「仲間を集めることでした」と山田拠点長は振り返ります。
「改質リグニンの実用化は、当然、私たち研究者だけではできません。実験室と異なり、実際に商業ベースで製造を行うためには、1回で数十キログラムの原料を供給する必要があり、そうした仕組みを作る必要がありました。そしてそのためには、この取り組みに共感し、協力してくれる仲間を見つけることが何よりも必要だったのです」
そこで山田拠点長たちは、さまざまな広報活動を通じ、自分たちの取り組みを理解してもらうことにも力を注いできたそうです。

アニメ「改質リグニンジャー」

山田拠点長のもとで学ぶ少年忍者を通し、改質リグニンの原料や製造法、そして原料とした製品などをわかりやすく紹介する短編アニメ。実は山田拠点長も……。森林総合研究所公式YouTubeで公開中。

森林総合研究所公式YouTubeはこちら
外部リンク

地方創生のカギとなる
新たな産業を生み出したい

改質リグニンの活用場面として期待されるのは、電子基板やタッチセンサー用フレキシブル基板といった電子部品から射出成形品の各種コンポジットや3Dプリンター用生分解性フィラメント、自動車のボンネットやドアリムなど用途はさまざまです。将来的な市場規模は、実に3兆円とも目されています。
「例えば、パソコンやスマートフォンに使用されるポリイミド膜の原料を改質リグニンにすれば、約3分の1のコストで製造することができます。このように、従来品よりコストカットが可能な製品もあるのです」
また、改質リグニンの原料として使用するスギ材は、端材やチップ、カンナ屑やおが屑などを使用することができます。このため、建材や木質バイオマス発電といった、既存の木材産業と競合するおそれもないそうです。
山田拠点長はこの研究をとおして、国内の中山間地域に新たな産業を生み出したいと語ります。
「私は愛媛県の過疎化が進む島の出身で、長年抱いてきた夢は私の研究で地域を活性化することでした。この改質リグニンが産業化することで、日本の国土の非常に多くを占めている中山間地域に新しい産業を生み出し、地域が活性化され地方創生の一助になれば、これほど嬉しいことはないですね」と、笑顔で語ってくれました。

森林総合研究所内にあるベンチプラント。原材料のチップやおが屑から、約36パーセント相当の改質リグニンが取れるという。例えば50キログラムなら18キログラムが精製される。

2 「製造」と「再生」のサイクルを創る!
セルロースナノファイバーを活用した
農業資材の開発

植物の構成成分のひとつ「セルロース」を、化学的、物理的な処理によってナノサイズの繊維状にほぐした「セルロースナノファイバー(以下、CNF) 」もまた、日本発の新素材として世界から注目を集めています。この技術を活用し、農業資材における「製造」と「再生」が一体化した、新たなサイクルの確立を目指す試みを紹介します。

信州大学 先鋭領域融合研究群 先鋭材料研究所 野口徹 特任教授 信州大学 先鋭領域融合研究群先鋭材料研究所 野口徹 特任教授

東北大学で金属工学を学び、卒業後は金属系メーカーに就職。その後、神戸大学大学院に入学し、高分子の研究に取り組む中で、その面白さに目覚め、以降、高分子合成の研究を専門とする。修了後は自動車部品メーカー等を経て、カーボンナノチューブの発見者とされる遠藤守信博士に誘われ、信州大学へ。

製造と再生が一体化した
サイクルの創出

信州大学の野口徹教授が代表をつとめる「ナノアグリ・フォーカス・コンソーシアム」では、農産廃棄物などから製造するCNFと、廃プラスチックを活用した複合材料を活用し、農業資材の開発や、循環型の施設園芸サイクルの構築を目指しています。
「東京大学の磯貝先生により開発されたCNFと、私たちの日常生活の中で大量に発生する廃プラスチック類。これらを材料に、我々が開発した「ナノ複合化」という技術と、ナノカーボン技術を活用して、高剛性かつ高強度にして高い柔軟性も併せ持った『ナノナノ複合材料』(ナノバイオマテリアル)を開発しました。将来的には、この素材を活用した遮光・保温カーテンやマルチシート、水耕パネルなどの農業資材の製造が期待できます。また、当プロジェクトでも花き栽培用ポットなどのサンプルを作成しています。そして、製造した農業資材や、これを活用して栽培した農作物の廃棄物を再度原材料として活用する、循環型の施設園芸のサイクルの創出も、本コンソーシアムの大きな目的です」と、野口教授は語ります。

セルロースナノファイバーによる
新素材サイクルの創出

信州大学の野口教授が代表をつとめる「ナノアグリ・フォーカス・コンソーシアム」の概念図。CNFと廃プラスチックを原料としたナノナノ複合材料から新たな農業資材を製造。廃棄処分となった資材は、他の廃プラスチックと共に再生され、新たな原材料となる新素材サイクルを目指している。

世界で初めて
CNFの開発に成功!
磯貝明 東大特別教授に聞く

東京大学大学院 農学生命科学研究科生物材料科学専攻 磯貝明 特別教授 Aalto大学(フィンランド) 名誉学術博士

植物細胞壁の主要構成成分であるセルロース。これまで、長い間、セルロースからナノサイズの繊維を取り出すことはできませんでした。しかし、触媒酸化反応に関する研究を行っていた東京大学の磯貝明教授は、2006年に『TEMPO触媒』という触媒酸化技術を活用し、世界ではじめて、セルロースをナノ(10億分の1メートル)サイズまで解きほぐすことに成功しました。
CNFの太さは髪の毛の3万分の1ほどしかなく、非常に軽量であるにも関わらず、極めて高い強度を持つことが大きな特徴です。また、セルロースは基本的にどの植物からも抽出できることも魅力の一つ。現在、原材料として使われることが多いのは安価な製紙用パルプですが、稲わらから固い木材まで、どのような植物からでも抽出できるのです。
「もともと『何かの役に立つ素材をつくりたい!』という、強い目的があって研究していたわけではないのです。触媒酸化反応に関する研究を行っていた過程で、たまたま作製に成功した偶然の産物でした」と語る磯貝教授。しかし、CNFは、これまでにない軽量さと強度を兼ね備え、しかも植物由来で環境への負荷も小さい、極めて魅力的な新素材です。「CNFをさまざまな企業や研究者の方に紹介すると、多くの方に興味を持っていただきました。なかには想像もしていなかったような活用法や商品に展開いただいているケースもあります」と語ります。
CNFは工業製品の原材料としても、2015年に発売された紙おむつや医療用マスクを皮切りに、ボールペンのインクやプリント基板用絶縁体の材料、タイヤや高級車用の塗料にと、すでに多くの企業でCNFを原料に添加した製品の開発がすすめられています。
脱炭素社会の構築が求められる中で、植物由来のバイオマス素材で環境負荷の少ないCNFは、今後さらにその活用が広がることが期待されているのです。

上:製紙用パルプを水に浸し、そこへ触媒酸化技術により処理。その後、ミキサーで撹拌をすることで、最終的には透明で高粘度なゲル状のCNFが完成します。右:肉眼では無色透明なCNFですが、偏光板をとおすと、ナノ分散化したCNFが光の屈折を起こし幻想的な姿を見せます。

開発された農業資材の数々

CNFと廃プラスチック材などをナノレベルで複合したナノナノ複合材料を農業資材メーカーへ提供できる体制としたことで、2021年、このコンソーシアムの目的は達成しました。具体的に開発できる農業資材としては、前述の遮光・保温カーテンやマルチシートのほか、ハウスの骨材や苗の定植パネル、また、身近なところでいえば鉢植え用のポットへの活用も想定されています。

ポリエチレン製の鉢植え用ポット(左)と、CNFを添加したナノナノ複合材料で作ったポット(右)。

「青色のポットは従来の廃プラスチックから再生されたポリエチレン製ですが、石油由来の素材のため塗料が乗らないなど、加工に難があります。一方、緑色のポットがCNFを添加したナノナノ複合材料で作ったものですが、親水性があり、塗装をはじめ加工に何ら問題はありません。また、軽量で耐久性も高いため、ポット以上にハードな使い方が想定される各種の農業資材の素材にはもってこいです。もちろん、機能を満たさなくなった場合は、材料として再生することもできます」

:混練機によりCNFと廃プラスチック剤などを混ぜ合わせ、高性能なナノナノ複合材料を作り出します。:天然ゴムにCNFを混練したシート型フィルタ。ナノサイズの網目構造で水分は通す一方、病原菌は通しません。

苗を土の中でなく、シート上で栽培するフィルム農法がありますが、コンソーシアムで制作されたそのフィルムにこそ、ナノナノ複合素材の特性が活かされているといえます。
「フィルム上で栽培される苗は、フィルム下に流れる水から染み出した水や養分を吸収しますが、反面、フィルム下で発生した病原菌は通しません。病原菌は、ナノサイズの網目をくぐり抜けることは不可能ですから」
現在、このシートを使用したトマトの実証栽培は3年目を迎え、販売も目前の状況です。

廃棄資材を再生し
新素材サイクルの構築を目指す

ナノナノ複合材料を活用した農業資材の製造と並んで、コンソーシアムが重点をおいているのが、製造した資材を廃棄した後、再びナノナノ複合材料の原料として使用する、「新素材サイクル」の創出です。
コンソーシアムに参加する(株)富山環境整備では、家庭などから分別回収したプラスチック製の容器包装をポリエチレンやポリプロピレンといった単一樹脂ごとに選別し、ナノナノ複合材料の原料として活用しているそうです。
また同社では、再利用できない廃棄物を工場内の発電併用焼却施設で焼却し、そこで得られた電力を隣接する園芸施設の照明や空調に利用しています。さらに、ICTを活用し、施設内を24時間自動管理することで最適な栽培環境を実現しており、年間を通してトマトや花きを栽培するなど、“廃プラスチックの100パーセント原料化”を目的とした、マテリアルリサイクルに取り組んでいます。
「この廃材の再生、つまりリバースというプログラムを組み込んでこそ、コンソーシアムの理念が完結すると考えています」と、野口教授は力説します。また続けて、「CNFやナノナノ複合材料を活用した新しい素材サイクルを通じて、循環型社会を実現するのはもちろん、施設園芸の新しいモデルとして、若い方々が農林業に対して魅力を感じるひとつのきっかけになれば嬉しいですね」と、最後に笑顔で語ってくれました。

今週のまとめ

スギや農産廃棄物を活用した
日本発の新素材の研究が進められている。
これらの素材は、私たちの暮らし、
そして地域を豊かにする
可能性を秘めている。

(PDF:13,739KB)

お問合せ先

大臣官房広報評価課広報室

代表:03-3502-8111(内線3074)
ダイヤルイン:03-3502-8449

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