関東地方 埼玉県

“都市”と“田園”二つの表情で育む、内陸の食文化
関東平野の内部に位置する埼玉県は、東西に約103km、南北に約52kmに及び、総面積は3,800平方kmになる内陸県。東京都に隣接する都市として知られているが、秩父山系を源とする荒川と日本最大級の河川である利根川が、関東ローム層とともに恵まれた自然条件を作り上げている。
取材協力:今昌学園 埼玉県調理師専門学校
夏は蒸し暑く、冬は乾燥した季節風が吹く気候で、全国的にも快晴日が多く風水害が比較的少ないのが特徴。さらに、首都圏という大消費地であることから、野菜は産出額が全国第9位(農林水産省「平成30年生産農業所得統計」)でねぎやとうもろこし、サツマイモなどを生産している。また、米、麦、畜産、果実、花、植木など多彩な農産物が作られており、都市としての魅力だけでなく、田園の魅力も併せ持っている。
さらに、日本古来の伝統調味料の醤油や味噌の醸造場があり、現在も伝統的な技術を用いた醸造業が息づいているのが特徴だ。そのため、暮らしのなかで進化しながらも、昔からの郷土料理の味が継承され続けている。
“朝まんじゅうに昼うどん”小麦食でのハレとケの文化
年々その作付け面積は減っているものの、埼玉県は首都圏に位置しながら麦の主要な生産県で、平成30年における産出額は、全国でも6位(農林水産省「平成30年生産農業所得統計」)を誇る。中でも小麦が多く、県の北部地域や利根地域が主な生産地だ。昔から、水田裏作を中心とした米と麦の二毛作が行われており、農家の食を支える食材であった。そんな埼玉の小麦食を代表する料理がうどんとまんじゅうで、現在でも“朝まんじゅうに昼うどん”という言葉が伝わるほど。ともに日々の食事としてはもちろん、冠婚葬祭などのハレの食事としても親しまれてきた。
中でもうどんは、県内に20種以上も種類があると言われており、各地域で独自の発展を遂げてきた。来客があるとうどんを提供する習慣があり、その代表的なものが「煮ぼうとう/ひもかわ」。野菜と平打ちの太麺を一緒に煮込む温かいうどんで、冬になると食べられるもの。近代日本経済の父と呼ばれる渋沢栄一氏も、地元・深谷に帰郷するたびに食していたとされている。また、夏には、冷たいうどんが主流で、農業の合間にさっと食べられる「冷や汁/すったて」などが伝わっている。県の中でも独自の食文化が色濃い秩父では、毎年師走に農産物の収穫を祝う「秩父夜祭」が行われるが、これに欠かせないのが「うどん」がある。寒い祭りの後や最中に食べられる料理として知られ、参加者や観光客を体の芯から温めている。
まんじゅうも、地域ごとにバリエーション豊かに発展してきた。そもそも、海に面していない埼玉県では稲作や畑作を中心に農業が行われており、その合間に食す“農家のおやつ文化”が色鮮やかに形成、伝承されてきている。そのひとつがまんじゅうで、収穫期や村の祭り、冠婚葬祭などの人が集まる日に、客人をもてなすために振る舞われていた。例えば、まんじゅうを赤飯で包んだ「いがまんじゅう」は、夏祭りや祝い事の際に作られてきた縁起物。小豆を包んだまんじゅうを蒸すのではなく、ゆでて仕上げる「うでまんじゅう」は年中行事の折に家族で作られるものだった。現在は家庭でまんじゅうを作る人が減っているものの、各地域のまんじゅうは郷土食として愛されており、和菓子店や土産物店、道の駅などで販売されている。
画像提供元:ふるさとの味伝承士埼玉ふるさとの伝承料理集
今回は、埼玉県を秩父地域、北部地域、西部地域、東部地域、中央地域に分け、それぞれの郷土料理の特徴を紹介する。
<秩父地域>
里山の恵みと農家に欠かせない小昼飯
在も昔ながらの里山の風景が残る秩父地域では、山菜などの山の恵みを大切に食してきた。県内の他地域にも伝わる「かてめし」は、芋の茎を乾燥させたずいきを使っているが、秩父の家庭では乾燥させて保存食にしているぜんまいやわらびを加えることもあるという。
また、秩父地域の食文化を語る上で欠かせないのが、“小昼飯(こじゅうはん)”と呼ばれる農作業の合間など、小腹が空いた時に食べられる郷土料理だ。有名なのが「みそポテト」で、天ぷらにしたジャガイモに甘辛い味噌だれをかけた、おかずやおやつ、つまみとしても定番の料理。また、農作業が忙しい時期の食事としては「つみっこ」がよく食べられていた。いわゆる「すいとん」のことで、たっぷりの野菜とともに体を温める寒い時期には欠かせないメニューだ。
<北部地域>
ネギを筆頭に農産物が豊富な農業地帯
埼玉県の北西部、群馬県に接する北部地域は、西側の山地や東端の低地など起伏のある地形と、肥沃な大地、利根川をはじめとする豊富な水源を備えている。そのため、県内有数の農業地帯で野菜や麦などの栽培が盛ん。特産品として有名なのは、江戸時代に中山道の宿場町として栄えた深谷市の「深谷ねぎ」で、一年を通して収穫される。旬は、寒さで甘味が増す冬の時期。甘く柔らかいその魅力が存分に楽しめる「ねぎぬた」は、家庭料理として箸休めやお酒のアテとして親しまれているほか、市内の給食でも提供されている。
また、小麦栽培が古くから行われていたことから、各地でうどんが食べられており、代表的なのが「煮ぼうとう/ひもかわ」だ。かぼちゃを入れ味噌仕立てに仕上げる山梨のほうとうと異なり、季節の野菜を入れるのが特徴。冬の寒い時期に鍋を家族で囲み、体を温める料理だ。現在でも一般家庭で作られ、深谷では深谷ねぎをたっぷりと入れて作ることが多いという。
<西部地域>
伝統農法が今も残る三富地域などで盛んな畑作
外秩父山地から、東へ高麗・加治・狭山丘陵を経て、武蔵野台地へと起伏に富んだ地形が続く西部地域。恵まれた地形と入間川や高麗川などの河川を有することから、畑作の適地としてさまざまな作物が作られてきた。現在も日本有数の露地野菜山地である三富地域は、川越市、所沢市、狭山市、ふじみ野市、三芳町にまたがる約3,200haの地域で、1694~1696年(元禄7~9年)に開拓。農地が5割、林地が2割、その他が3割を占めるこの地域では、林地の木々は資材や薪、落ち葉は堆肥に利用され循環型農業が確立されている。今でも、川越で有名なサツマイモをはじめ、ほうれんそう、さといも、かぶ、にんじんなどの野菜作りが盛んだ。
江戸時代には、所沢や狭山、入間が街道などの交通・物流の中継地となり、農産物や薪などを集積するまちとして発展していた。物流の良さと河川を有することから、古くから米の栽培も行われてきた。秩父地域で伝わる「かてめし」は、西部地域でも食べられており、さといもの茎を乾燥させた“ずいき”は欠かせない具材であった。
米どころである西部地域でも小麦食が盛んであった。というのも、米の裏作として小麦の栽培をすることが多く、農家の日常食として小麦は重宝されていた。中でも「冷や汁/すったて」は、ご飯にかけることもあるが、この地域ではうどんのつけ汁にするのが定番。田植えから収穫までの夏は、時間を惜しんで農作業に明け暮れる忙しい時期。暑さで食が細くなっていても食べやすく、手間をかけずに作れるものとして重宝された。
<東部地域>
川の恵みにもたらされた食文化
東部地域の大半は中川の中下流部に広がる低地で、中川や江戸川などの河川と用水路が走り、水源が豊富。そのため、他地域に比べ洪水被害も多かったが、さまざまな物資を運ぶ水運の拠点でもあった。水が豊富にあることから穀倉地帯としての顔を持ち、現在も田園風景が残る。米作りを行っていた地域だが、昔はもち米が高価。そのため、少ない赤飯でボリュームを出そうとまんじゅうを入れた「いがまんじゅう」が生まれたと言われている。
また、大小の河川は、川の幸ももたらし、人々のタンパク源として重宝されていた。ウナギやアユだけでなく、ナマズやコイなども焼き物や煮物として庶民に食べられていたという。さらに、夏の間に水を張る田んぼではドジョウも獲れた。ドジョウは他の川魚に比べて捕まえやすく、日々の食卓に並ぶケの食材。細ければ野菜とともに味噌汁やかき揚げ、太ければ「どじょう煮」として食べられていた。
<中央地域>
宿場町の趣を残す埼玉県の中心地
慶長6年(1601年)から7年かけて整備された中山道は、現在の群馬県から京都府をつなぐ、幹線道路であった。埼玉県内には中央地域にかかるように川口から本庄までを通り、各地が宿場町として発展してきた。建造物や神社、祭りなどにその面影を残しており、当時の繁栄を感じることができる。
中央地域は、宿場町という商業集落が多くありながら、大消費地である首都圏に隣接していることから、農業も行われ、さいたま市は現在も県内有数の野菜の産地だ。東部の綾瀬川や元荒川流域では水稲栽培、その周辺は小松菜や山東菜などの栽培が盛ん。西部の荒川中域は早場米の産地で、北西部はナシやブドウなどの果樹、中央部は植木や苗木類、野菜が生産されている。
全域を通して生産量が多いのは小松菜とさつまいもで、特産品として有名なのはくわい。最近では生産者が減っているものの、さいたま市や草加市、越谷市が一大産地で、埼玉県は全国2番目の生産量(農林水産省「平成30年作物統計」)を誇る。くわいは、芽が伸びる姿から“芽が出る”“めでたい”という意味の縁起物としておせち料理に欠かせない野菜で、「くわいの含め煮」が古くから伝わる。
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