繁忙期と農閑期で業務量に差がある農業は、育児との両立が難しいと認識されがちです。
しかし今、さまざまな施策により子育てしながらの就農をサポートする農業法人が増えています。
今回は環境の整備や自由度の高い就農スタイルにより育児と仕事の両立をサポートする
観光農園に注目。そこで働く方々の声を聞いてみました。
農業と出産・育児・子育てとの両立に関する不安や悩み(複数回答)

農林水産省「2019年度女性活躍推進にかかるアンケート調査」/令和元(2019)年8月調査
※全国の農業女子プロジェクトメンバー、4Hクラブ、一農ネット会員、農業担い手メールマガジン購読者、農業委員会(農業委員、農地利用最適化推進委員)、JA女性組織(JA女性会・フレッシュミズ組織等)、全国生活研究グループ及び全国指導農業士連絡協議会を対象に行ったアンケート調査(有効回答数993人)
農林水産省が2019年に女性農業者に行ったアンケート中「農業と出産・育児・子育てとの両立に関する不安や悩み」の設問には、「自身がリフレッシュする時間がとれない」(59.7パーセント)、「妊娠中に仕事を休めない」(43.3パーセント)、「子供が病気のときに預かってもらえる人や場所がない」(30.1パーセント)が回答の上位となるなど、多くの女性農業者が農業と出産や育児との両立に、さまざまな不安や悩みを抱えていることがうかがえます。
取材に伺った「フルトリエ」オーナーの中村美紗さんも、自ら3歳と1歳の子どもを育てながら園を経営する農業者。7年前に4代目として跡を継ぎ、それまでのなし農家から観光農園へと舵を切ると同時に、「女性が心地よく働ける場所に!」との想いを胸に、託児スペースの設置などでスタッフの仕事と育児の両立を支援してきました。そんな「フルトリエ」の労働環境や働きやすさについて、育児中のスタッフに話を伺いました。
お話を伺った「フルトリエ」
スタッフのおふたり

今村裕佳さん
2歳と生後5ヶ月の子どもを育てる2児の母。企業広報の経験とスキルを活かし、「フルトリエ」では企画から広報、総務と事務関連業務を担当する。オーナー、中村さんの妹さん。

小森美里さん
8歳と6歳の子どもを育てる2児の母。カフェのオープンと同時に農園の存在を知り、インスタグラムの連絡機能で入社を相談。希望どおりカフェで調理や接客を担当。
今村さん親子の「子連れ出勤」の様子。「持参するのはお弁当と水筒だけ。お弁当も保育士の資格を持つスタッフが食べさせてくれるので、本当に助かっています」

私は以前、ある小売店で働いていたのですが、子どもが急に体調を崩してお迎えに行くことになった場合、ほかのスタッフに頭を下げ早退するのはとても心苦しかったです。その点、ここでは皆さん「仕事はいいから、早くお迎えに行ってあげて!」と言ってくれる。子育てをしながら働くスタッフも多いので、皆、助け合いながら仕事をしています。
「託児スペースがカフェのすぐ裏手にあるから、常に子どもの声が聞こえてくるし、ちょこちょこ様子を覗きに行けるのが嬉しいですね」と、小森さん。

就業の後押しとなったのは託児スペースの存在があったから。現在、次女が生後5ヶ月になりましたが、すでに仕事復帰できているのも、そのおかげです。勤務先の産休や育休制度が整っていない場合、職場を替えなければならないけれど、出産後も変わらず同じ職場で仕事を続けられるのはありがたいです。また、保育士の資格を持つスタッフが面倒を見てくれるのも安心材料です。

本当に安心ですよね。勤務中は仕事に集中できますから。うちの子はどちらも小学生になりましたが、まだ低学年のため夏休みなど長期の休みの時は預かってもらえ、とても助かっています。また、カフェのすぐ裏に託児スペースがあるため、トイレなどへ行く際に様子がうかがえるし、仕事をしていても楽しそうな声が聞こえてきて、こちらも元気になります!
託児スペースとして使うコンテナは前後左右に連結が可能。「実は、秋からもうひとり預かる子どもが増える予定です」と、中村さん。

託児スペースがあって一番助かったのが、長女が平日に通っている保育園で昨年、新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナウイルス)とインフルエンザが同時に流行った時。子どもは元気なのに保育園から自宅保育をお願いされ、ここが無ければ丸々2週間働けないところでした。当時、私は妊娠中だったため伝染るのも怖かった。そういう意味でも託児スペースに助けられました。

周りは自然が豊かなので、子ども達は遊ぶ場所に困りません(笑)。天気の良い日は遊び放題ですから、子ども達にとっても楽しい場所だと思います。スタッフ全員で可愛がってくれるし、果樹園や畑でもスタッフの皆さんの目があるから、本当に安心して預けられる。それが一番嬉しいですね。
偶然の幸福が重なって
誕生した託児スペース

中村美紗さん
大手自動車部品メーカーに勤務後、運動のため通ったキックボクシングに夢中になり、23歳でプロデビュー。怪我で引退後、農業経営大学校で学んだ後、
実家のなし農家をカフェ併設の観光農園へとリニューアル。経営継承から8期目を迎えた現在も「女性が快適に働ける職場」を目指し、日々、奮闘を続ける。
中村さんが託児スペースの設置を決めたのは、新型コロナウイルスの蔓延がきっかけでした。
「スタッフ達の子どもが通う保育園が新型コロナウイルスの流行で3週間も休園となり、親も仕事を休まなければならなくなりました。当然、その間の収入が絶たれるわけです。家族の誰も新型コロナウイルスに罹ってないのに。『なら、連れてきちゃえば!?』と、子連れ出勤を解禁しました」
しかし、子ども達が食事や昼寝をするのは事務作業を行うバックヤード。繁忙期などは人目が届かない時もあり、「何かあったら」と常に不安があったと振り返ります。
「そんな時、群馬県の大規模農園に視察に伺ったのですが、その敷地に入った正面に託児所が設置されていて、子どもが元気に遊んでいたのです。その光景を見た瞬間『コレだ!』って。ただうちは、正式な託児所をつくるほどの規模じゃないので、安全を確保できるちょっとした場所をつくり、そこでベビーシッターさんを雇ったらどうかと考えました」
そう思案する中村さんに、偶然の幸運が重なって訪れました。ひとつは、農作業スタッフの求人に応募してきた方が、保育士の有資格者だったことです。
「しかもふたり連続で! もうひとつは、就農前に農業経営を学んでいた学校の先生が、農業支援を行う農業ベンチャー企業に所属していて、その方から『女性の労働環境整備事業』という補助事業があることを同じ時期に教えていただいたことです。この偶然の連続に、これは神様に『早く託児スペースを作りなさい!』と言われているのかなって(笑)」
国の支援を活用し託児室を設置
なるべく早めの設置を希望していたため、託児スペースには工期が短いコンテナハウスを採用。総事業費約340万円のうち、300万円を先の補助金で賄うことができたといいます。
託児スペースの中は、可愛らしい絵などで装飾された清潔感あるコンパクトな空間。自然光が差し込む大きな窓からは、時折、スタッフが子どもの様子を覗きに来ます。

コンパクトなスペースながら、大きな窓からは自然光がふんだんに注ぎ、壁色を明るくしているため、子ども達の顔からも、明るく開放的な雰囲気が伝わってくる。
「カフェと事務所のある建物と隣接しているので、作業の合間や休憩中に子どもの様子をチェックできます。なお、このコンテナは縦横に増設が可能なので、さらに子どもが増えた場合は、設置場所を変えて増設も考えなければいけないと思っています」
託児スペースの設置に加えて、今村さんや小森さんをはじめ、育児中のスタッフが「フルトリエ」での働きやすさを感じるのが、自由度の高い出勤形態です。
「農閑期が2ヶ月から3ヶ月程度あるため、パートの実働期間は年間約9ヶ月。週2、3回の勤務で通年出社するか、週5日勤務で9ヶ月間出社し合計3ヶ月の長期休暇を取るのかどちらが良いかスタッフに聞いたところ、皆、後者を選びました。長期休暇があることで家族旅行も計画しやすく、なによりリフレッシュできるため、その後も無理なく長期的に働いてもらえます。また、勤務時間も10時から15時など無理のない範囲での出勤も可能です。それぞれのライフステージや家庭環境により働ける時間はさまざまですから。また、『今日は孫の野球の試合があるから、お昼休み1時間長くして!』などの要望にも可能な限り対応し、『いってらっしゃい!』と気持ちよく送り出しています(笑)」
女性がいきいきと
農業と子育てを両立してほしい!
「フルトリエ」の約25名のスタッフ中、正社員は3名。20名以上がパートです。
「多くが扶養範囲内の女性ですが、将来は扶養を外れ、正社員となり年間を通してフルタイムで働きたいという人もいます。今後はそうした希望にも寄り添いたいと思います」

子連れ出勤が可能な託児スペースの存在や、スタッフそれぞれの家庭環境や事情に沿った働き方の実現。そんな、「フルトリエ」の労働環境が近隣に知れ渡ってなのか、子育て世代からの求人問い合わせも多いといいます。
「うちのように子育て中の女性が多い職場は規律だけでは対応できない側面も多く、同じく子育て中の私自身、どうしても無理が生じてしまいます。そして、無理が生じるのは決して持続的な働き方や職場ではないと思っています。スタッフの中には今後、家族の介護が必要になるかもしれない。そうした、各家庭の事情にも柔軟に対応していきたいと思っています」
育児中のスタッフも働きやすい託児機能を持つ観光農園。中村さんは子育て世代が働きやすいこのビジネスモデルを、将来他の地域にも展開したいと考えており、すでに縁のある愛知県の果物農家を、そうした託児機能を持つ観光農園へと業態を変えるサポート中であるといいます。そして、その根底には「女性が心地よくいきいき働ける場所を増やしたい!」という想いがあるのです。
COLUMN
女性の労働環境改善やグループ活動を
補助金で強力にバックアップ!

農林水産省では、女性が働きやすい環境整備支援や女性農業者の
グループ活動を支援しています。
1
女性が働きやすい環境整備支援
「フルトリエ」のように、託児スペースをはじめ衛生的な
男女別トイレや更衣室、 休憩 スペースなどの設備導入に対し定額支援。
上限:300万円
2
女性農業者グループの活動支援
商品開発や先進地視察、会員募集や農業体験の
受け入れ等に係る取り組みに対し定額支援。
上限:50万から100万円
いずれも農業の現場における女性の活躍を支援する事業です。より女性が活躍できる仕事場やグループ活動を検討している方は、事業ページをご覧下さい!
このほか、農林水産省では農業の発展、地域経済の活性化のため、
生活者の視点や多彩な能力を持つ女性農業者の活躍を推進する支援策を用意しています。是非ご活用ください。
令和5年度 女性の労働環境整備・活躍強化事業
https://myfarm.co.jp/women/kankyou/
チャレンジする女性農林漁業者のための支援策
今週のまとめ
女性農業者の多くが、子育てと仕事の両立に苦心しています。
彼女たちが誇りをもって働くことができる職場の環境改善が、
人手不足に悩む農業の未来を照らすカギかもしれません。
お問合せ先
大臣官房広報評価課広報室
代表:03-3502-8111(内線3074)
ダイヤルイン:03-3502-8449
私が「フルトリエ」で働くことになったきっかけは、姉から「来られる時間だけでいいから」と、誘われたからです。出産前は企業の広報として働いていたため、家でひとり子育てだけをしていると孤独だし、社会とつながりたかった。誰かの役に立てるのは嬉しいし、実際、出勤時間の融通が利くのはありがたいですね。