徳島県の山間の町、勝浦町に、みかん栽培と並行して民泊や古書店を営み、
さらにはテントサウナにアイスクリーム事業を手掛けるご夫婦がいます。
農業とそれ以外の事業を両立し
「半農半X」を実現するライフスタイルを紹介します。

石川さんご夫婦が経営する、みかん農家の宿「あおとくる」からの眺め。四季折々で豊かに表情を変える勝浦町の雄大な自然を臨む。
徳島県東部の勝浦郡勝浦町は県内有数のみかん産地である山間の町。そこに暮らすみかん農家の石川翔さん美緒さんご夫婦は、実は農業経験のない東京からの移住者でした。ご夫婦はなぜ勝浦町に移住し、みかん農家となったのでしょうか。その経緯を翔さんに伺いました。
「結婚前後で将来のビジョンを話し合った際、勤め人よりも自分たちで何かしたいと意見が一致しました。当初は東京でと考えていましたが、都会はあらゆるものの移り変わりが早く、私たちのスタンスやスピード感に合っていない感じがしていました。また、2015年当時は地方への移住が話題で、私たちもむしろ地方の方が合っているのかもしれないと情報を集め始めたのです」
東京交通会館(有楽町)の「ふるさと回帰支援センター」で、東京で開催される移住フェアの情報を収集し、気になる自治体が開催する移住フェアへご夫婦で参加するようになりました。
「四国フェアで勝浦町がブースを出していました。担当の方に私たちが将来的には自営業をやりたいと話すと、町には高齢により離農を考えるみかん農家さんが後継者を探していると伺いました。そこで農業という選択肢に興味を抱き、話を伺おうと勝浦町を訪ねたのです」

農作業をはじめさまざまな事業も、仲睦まじく二人三脚で行う石川さんご夫婦

勝浦町の移住先で、みかん畑とともに譲り受けた築110年以上の趣ある古民家。ご夫婦の住居であると同時に、農閑期は1階を「農家の宿」として開放。ここを拠点とした勝浦町近辺の周遊を提案します。
訪れて知ったのは、かつて先代家族が居住していた築110年以上の歴史を持つ趣のある古民家も、自身で改修するならば使用して良いとの予想外の知らせでした。
「実は以前からゲストハウスの事業も考えていて、すぐこの古民家を住居兼ゲストハウスとして活用できるかもしれないと考えました。つまり、移住により地方での暮らしを、就農することで自営業を、そして、古民家を宿とすることで民泊事業をと、当時望んでいた3つの要素が満たされることから、愛猫2匹とともに勝浦町への移住を決めたのです」
みかん栽培の農作業体験などの下見を経て、2016年春、石川さんご夫婦は勝浦町へと移住。同時にみかん農家の後継者として就農しましたが、不安はなかったのでしょうか。
「確かに不安はありましたが、先代からはこれくらいの規模の畑なら夫婦で管理できるだろうと言っていただきましたし、役場の方からも最初の何年かはお試しでやってみたらどうかと提案を受け、まずは試験的に移住し就農することを決めたのです」と、美緒さんは振り返ります。

「あおとくる」という屋号の由来である石川家の愛猫、あお(右♂)と、くる(左♀)

就農当時の石川さんご夫婦には、みかんを収穫し出荷するまで収入はありません。そんな石川家の新規就農時の家計を支えたのが、青年就農給付金(現「経営開始資金」)です。
「下見の時点で先代から過去数年の収量や売り上げ、経費などを詳細に伺い事業計画書を作成、申請しました。無事認められ夫婦で年間225万円を、経営が安定するまで5年間にわたり給付いただきました。特に売り上げの無い初年度は助かりました」(翔さん)
また、第三者継承で農業の基盤が整っていたことも「就農を決めた大きな理由だった」と、翔さんは語ります。

栽培するみかんは日本の代表的な品種のひとつ、温州(うんしゅう)みかん。勝浦町では約1ヶ月間貯蔵することでより水分を抜き甘味を引き出すとともに、酸味との絶妙なバランスに仕上げた「勝浦 熟成みかん」としてブランド化し人気を博しています。なお、石川さんご夫婦は近隣農家と組織する組合を通して市場へ出荷するほか、収穫期間中はオンラインでの直接販売を行っています。
「ゼロからではなく、すでにみかんの樹がある状態だったため、習ったとおり管理すればそこまで収量は落ちないだろうと考えました。栽培する温州みかんは、毎年、表年裏年(豊作と不作の年)を繰り返しますが、対処法もありそこまで心配はしていませんでした」。そう語る翔さんに対して美緒さんは「私はやはり不安でした」と振り返ります。
「春先の小さく青い実が、本当にあのみかんになるのかと心配しました。秋になって果実が大きくなり、オレンジ色を帯びてきてようやく安心したというのが実感です(笑)」
就農9年目の現在、管理する農地規模は先代同様に高齢で栽培できなくなった近隣農家の方の畑も合わせ約1ヘクタール、約1,000本の樹から毎年40トン程度の収量を実現しています。
ここからは、石川さんご夫婦が展開する多彩な事業について紹介していきます。
1 みかん農家の宿「あおとくる」

緑深い山間の景色や重厚な古民家の雰囲気、そして、美緒さんお手製のおいしい朝食も評判の「農家の宿 あおとくる」ですが、稼働までにはみかん栽培以上の苦労がありました。「先代の住居だったのは30年以上も前のこと。移住当時は収穫したみかんの熟成庫と農機具や資材などの倉庫として使われていて、すぐ人が住めるような場所ではありませんでした」(翔さん)。当然、改修には資材などの購入にコストがかかります。しかし、ここでも町からの補助金が給付されました。「役場の方も初年度は私たちに収入が無いことをご存知で、とても助かりました!」(美緒さん)。また、床の張り替えは「全国床張り協会」に協力を依頼。石川さんご夫妻もここで床張りの技術を学び、いまでは協会の徳島支部として、県内で開催される床張りイベントで講師を務めています。
※4月から10月初旬の農閑期のみ宿泊受付中です

左:美緒さんが腕を振るう朝食の一例。サンドイッチなどに加え、サラダやスープ、あおとくるで採れた季節のフルーツも提供されます。右:「あおとくる」の床張りも協会の指導と協力のもと、ご夫婦自ら作業を行いました。
2 あおとくる テントサウナ部
「移住以降、ゲストハウス以外の体験コンテンツを探していたのですが、SNSでテントサウナの存在を知り、すぐに体験イベントへと参加しました。屋外ならではの開放的な雰囲気と爽快感に導入を決定し、本場フィンランドからテントサウナとサウナストーンを直輸入。近所の河原や時にはみかん畑の中など、「あおとくる」周辺でモバイルサウナを楽しんでもらっています」(翔さん)。サウナ後は勝浦川の清流で水浴びを楽しめます。
※4月から10月初旬の農閑期のみ利用受付中です

3 古書店「古書ブン」

「あおとくる」の玄関を入った右手の土間には、宿泊者のみが来店し自由に読書できる古本店「古書ブン」を併設。店に並ぶ書籍は、読書が趣味の石川さんご夫婦が選書した興味深いものばかり。その他、オリジナル雑貨をはじめ、読書のお供にコーヒーや上勝阿波晩茶、栽培した熟成みかんの加工品やナッツなども販売中です。また、この特徴的な書店名も、新しく家族に加わったもう一匹の猫「ブン(♀)」から名付けられました。
※営業は宿に連動します

4 ジェラート/アイスクリームブランド
「TONPUKU」

いま石川さんご夫婦がもっとも注力しているのが、この春、勝浦町に隣接する上勝町に開店したジェラート/アイスクリームブランド「TONPUKU」の経営です。美緒さんがその経緯を語ります。「アイスクリームは私たちにとっての癒やしの源。せっかくみかんを作っているなら、それをジェラートの原材料にできないかと考えたのがきっかけです」。さらに、店舗のある上勝町の山で採れたヨモギやイタドリといった山菜、そして、全国各地の知り合いの生産者さんから仕入れる季節の食材など、レパートリーは季節ごとにさまざま。「知り合いのイタリア料理のシェフからアドバイスをいただきながら作っています。イメージは果物農家の温もりを感じる手作りジェラート。果物などの割合を高めた素材の味を感じる味わいです!」。翔さんも「自分たちでブランドを作り、大切に育てて収益化を図るロールモデルにしたいと考えています」と、この事業に大きな期待を寄せています。

「あおとくる」で栽培した紅甘夏や小夏(左上)のほか、地元の山で採れたヨモギ(左下)やイタドリなど、(右)季節の食材をふんだんに使用した、風味豊かなジェラートとアイスクリーム。店舗とオンラインで販売しています。
半農半Xを実践する石川さんご夫婦の
農閑期のある一日を紹介!


新規で始めやすくさまざまな事業展開も可能!
半農半Xが実現する
多彩なライフスタイル
みかん栽培に加え、ゲストハウスやテントサウナ、
古書販売にジェラート/アイスクリームブランドと、
勝浦町を舞台に多彩な「半農半X」ライフを送る石川さんご夫婦。
そんなおふたりに、新規就農に関してアドバイスをいただきました。

「難しく捉えられがちな農業ですが、私が実際に行った第三者継承という就農方法は、比較的に新規参入しやすいと考えています。なぜなら、過去の収穫や売り上げデータは残っているし、農地面積や規模から労働時間もわかる。生産マニュアルもあるため天候的な問題などが無ければ、ある程度は収量を確保できます。一方、飲食店などの場合、来客数や客単価から売り上げ予測を立てても、あくまで希望的な数値で、実際にそれだけの売り上げがあるかは不明です。データを集めて分析して客観的に判断すれば、就農のハードルは下がると思います」(翔さん)

「農業には農閑期があり、その期間収入は絶たれますが、その反面、ほかの事業がしやすい業種ともいえます。私たちはやってみたかったゲストハウスや書籍の販売、そしていま、ジェラートのブランドを立ち上げました。『農業一本でも大変なのに』と言われますが、私たちは農業一本よりも、いろいろな可能性にチャレンジし模索しながらやっていくのが楽しいし、私たちの生き方に合っていて面白い人生だと思います」(美緒さん)
「農業にチャレンジしたいけど経験が無くて」。または、「就農したら好きなことを諦めなくてはいけないかも」。そんな、農業へ興味を抱きつつも、不安で一歩が踏み出せない方は、石川さんご夫婦のような半農半Xのライフスタイルを参考にし検討してみてはいかがでしょうか。
COLUMN
家族農業経営の不満やストレスを軽減する
カイゼンワークシート

石川さんご夫婦のようにパートナーとの新規就農を考えている、またはすでに就農を果たされたご夫婦に活用していただきたいのが、この「◯◯家の農業と暮らし方 カイゼンワークシート」です。このワークシートは、主にパートナー間の「仕事、家事・子育て」等の分担状況を見える化し、現在の状況にあったより良い分担に見直すためのツールです。仕事と家事などのバランスをはじめ、働き方、ひいては生き方を改めて見直すため、パートナーと作成いただき、家族農業経営ならではの不満やストレスを軽減し、お互いの心の声に目と耳を傾けてみてください。
◯◯家の農業と暮らし方 カイゼンワークシート
http://myfarm.co.jp/women/next_leader/files/kaizen-worksheet.pdf
今週のまとめ
農業は決して専業でしかできない仕事ではありません。
趣味や興味があることを副業として事業化するなど、
就農しても、“好き”を諦める必要はないのです!
お問合せ先
大臣官房広報評価課広報室
代表:03-3502-8111(内線3074)
ダイヤルイン:03-3502-8449