第5節 多面的機能の発揮
多面的機能は、農村で継続的に農業生産活動が適切に行わることにより発揮され、国民生活と国民経済の安定に重要な役割を果たしています。一方、農村では人口減少や高齢化が進行する中、地域の共同活動や農業生産活動等の継続が困難となり、多面的機能の発揮に支障が生じつつあります。このため、多面的機能が適切に発揮されるよう、地域の共同活動や農業生産活動の継続等を図るとともに、多面的機能の意義について国民理解を醸成し、農業政策の推進に理解・協力を得ることが重要です。
また、農業は環境に負の影響を与え、持続可能性を損なう側面もあることから、農業生産に由来する環境負荷を低減する取組等(*1)を進めながら、多面的機能を将来にわたって、適切かつ、十分に発揮させることが必要です。
本節では、多面的機能の発揮を促進する取組について紹介します。
(1)農業・農村の多面的機能
(農業・農村には多面的機能が存在)
国土の保全、水源の涵養(かんよう)、自然環境の保全、良好な景観の形成、文化の伝承、癒しや安らぎをもたらす機能等の農村で農業生産活動が行われることにより生まれる食料を供給する機能以外の様々な機能を「農業・農村の多面的機能」と言います(図表5-5-1)。

(コラム)農業の多面的機能は、医療や介護にもプラスの働き
農業・農村の有する多面的機能については、平成13(2001)年に日本学術会議の答申において、定量化が可能な物理的な機能を中心に、貨幣評価額の算定が盛り込まれました。また、自然環境の保全や文化の伝承等の貨幣評価が行われなかった機能についてもその果たす役割は重要であるため、農林水産省では、多面的機能の評価に関する調査、研究を進め、更なる知見の蓄積に努めています。
この一環で、農業の多面的機能のうち医療関係の効果を把握するための試行的な調査として、令和2(2020)~3(2021)年度にかけて茨城県城里町(しろさとまち)在住の後期高齢者(75歳以上)を対象にアンケート調査を実施し、農業従事者と非農業従事者の医療費・介護費についての比較・分析を行いました。
その結果、後期高齢者のうち農業従事者は、非農業従事者に比べ、医療費・介護費ともに低い傾向となりました(図表1)。
また、医療費と介護費の合計の階層分布を見ると、農業従事者は低額の階層分布が多く、非農業従事者は高額の階層分布が多くなる傾向となりました(図表2)。
このことから、農業が医療、介護に正の効果を及ぼしていることがうかがわれます。このような多面的機能の効果について広く周知し、多面的機能に対する国民の理解を更に促進していくことが重要です。
(多面的機能の維持・発揮のためには地域が一体となった共同活動が重要)
多面的機能は、農村の住民だけでなく国民の大切な財産です。これを維持・発揮させるためには、継続した農業生産活動を行えるよう、農地や水路、農道の保全管理等の農地を良好に管理する共同活動が重要です。
農業の多面的機能の維持・発揮を図るため、「農業の有する多面的機能の発揮の促進に関する法律」に基づき、日本型直接支払制度が実施されています。同制度は、多面的機能支払制度(*1)、中山間地域等直接支払制度(*2)、環境保全型農業直接支払制度(*3)の三つから構成されています。
1 第6章第3節を参照
2 第6章第6節を参照
3 第5章第3節を参照
(事例)農業用ため池の保全及び多面的機能の発揮促進に向けた取組を推進(兵庫県)
(1)農業用ため池の適正な管理に向け、新たな支援組織を設置
兵庫県は、令和5(2023)年12月末時点において全国で最多となる約2万2千か所の農業用ため池を有していますが、近年は農業従事者の減少や高齢化等に伴い、農業用ため池の適正な管理が困難になりつつあります。
このような状況を踏まえ、兵庫県土地改良事業団体連合会(ひょうごけんとちかいりょうじぎょうだんたいれんごうかい)は、全国に先駆けて、平成28(2016)年度に同県内でも特に農業用ため池の多い淡路島(あわじしま)を対象とした「淡路島ため池保全サポートセンター」を、平成30(2018)年度に淡路島以外の同県内全域を対象とした「兵庫ため池保全サポートセンター」を立ち上げ、行政機関や農業用ため池管理者等と連携し、様々な取組を行っています。
(2)農業用ため池の保全及び多面的機能の発揮の促進に向けた取組
両センターでは、農業用ため池の巡回点検、農業用ため池管理者への指導・助言、かいぼり(*)活動の支援、小学生を対象とした農業用ため池の役割や水辺の生き物等に関する出前授業等の農業用ため池の保全及び多面的機能の発揮に向けた様々な取組が行われています。
農業用ため池管理者に対しては、老朽化の進行等により、監視が必要な農業用ため池を対象とした巡回点検を実施しながら、適正に管理できるように指導・助言しています。また、これらの活動に合わせて、水需要が少なくなる台風シーズンに農業用ため池の水位を下げ、雨水を貯留する容量を確保し、下流へのピーク流出量を減らすよう、農業用ため池管理者に協力を依頼し、洪水調節機能の発揮の促進につなげています。
かいぼり活動の際には、農業用ため池の生き物調査や外来種の駆除、清掃活動を実施し、生態系や農村環境の保全に貢献しています。活動には農業者だけでなく、地域住民、漁業者、企業、大学生等が参加しており、地域における農業用ため池が有する多面的機能への理解が広まりつつあります。
(3)今後もより一層取組を強化
同連合会では、引き続き関係機関と連携を図りつつ、食料の安定供給や水辺環境の保全等に向け、次世代の若者等の多様な主体の参画を促して活動を推進していく意向です。また、全国各地で洪水被害が頻発している近年の状況を踏まえ、農業用ため池の洪水調節機能の発揮の更なる促進による治水対策等の取組を強化していくこととしています。
ため池の水を抜き、施設を点検するとともに底に堆積した土砂等を取り除く作業


サポートセンターによる
指導・助言の様子
資料:兵庫県土地改良事業団体連合会

かいぼり活動の様子
資料:兵庫県土地改良事業団体連合会
(2)多面的機能に関する国民の理解の促進
(「農業の多面的機能」の国民の認知度は4割程度)
令和5(2023)年2月に実施した調査によると、農業の持つ様々な役割について知っている国民は36.5%でした。また、「多面的機能の中で、特に重要だと思う役割」として、「洪水防止機能」と回答した者の割合は40.7%、次いで「生物生態系保全機能」が18.0%、「土砂崩壊防止機能」が16.9%、「河川流況安定機能」が13.9%となっています(図表5-5-2)。一方、「重要だと思うものはない」と回答した者の割合は22.0%となっており、多面的機能の意義について、更なる周知を図っていくことが重要です。

データ(エクセル:26KB)
(多面的機能に関する国民の理解を促進)
農業・農村が有する多面的機能について国民の理解を促進するため、農林水産省は、これらの機能を分かりやすく解説したパンフレットを作成し、学校や地方公共団体等に配布しています。
また、多面的機能及びそれに係る地域の共同活動の認知度向上や理解の促進を図るため、農林水産省のウェブサイトにおいて、子供向け動画や農業学習に活用できる教材の公開や、シンポジウムの開催等により、多面的機能に関する普及・啓発に取り組んでいます。

農業・農村の有する多面的機能
URL:https://www.maff.go.jp/j/nousin/noukan/nougyo_kinou

多面的機能パンフレット(子供向け)
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