四国地方 愛媛県

穏やかな陽光に輝くみかん、跳ねる魚。目にも鮮やかな愛媛の食
四国地方の北西に位置する愛媛県は、松山市周辺を中予、その東側を東予、南側を南予と呼ぶ。全般的に平坦地が少なく、山地が多い地形となっているほか、波おだやかな瀬戸内海やリアス式海岸の宇和海には、大小様々な島が浮かび、内陸部には雄大な四国カルストが広がるなど、海、山両面の自然景観に恵まれた地形となっている。
連なる山々に守られた、穏やかな「かんきつ王国」
瀬戸内海に面する道前平野、道後平野は県内の代表的な穀倉地帯となっており、一方、県南部は、平野部では主に米や野菜が栽培され、内陸山間部では落葉果樹の栽培や畜産が行われている。また、南予地方の沿岸部では、四国山地が海岸線に迫り、段畑によるかんきつ栽培が盛んで、一年を通じて多様な品種が栽培されており、愛媛県は「かんきつ王国」として知られている。
学校法人愛媛学園の校長・渡邊雅子さんは「愛媛が穏やかなのは山のおかげ、と祖母がよく言っていました。東予地方と中予地方は、標高1982mの石鎚山をはじめ背後に連なる山々に守られて、台風の被害をほとんど受けることなく、一年を通して非常に穏やかに農業を営むことができるのです」と話す。
愛媛と言えば、新鮮な海産物の宝庫であることも忘れてはならない。東予地方と中予地方は瀬戸内海に、南予地方は宇和海に面しており、海には270もの島々が点在。古くから漁業が盛んで、タイやサバ、イワシなどの天然魚が豊富に獲れる。
同じルーツから独自の発展を遂げた3地域の食文化
面白いことに、東予地方と中予地方の食文化には通じるところがあるが、南予地方は少し異なる食文化が発展している。
たとえば「鯛めし」。東予地方と中予地方では、ウロコとワタを取り除いたタイを一尾丸ごと米にのせて土鍋で炊き上げる。蒸し焼きにしたタイの身をほぐし、白米に混ぜて食べるのが一般的だ。ここにネギや三つ葉、山椒などで香り付けをすると、タイの風味がいっそう引き立つ。一方南予地方では、タイの刺身を白米にのせ、ネギやごまなどの薬味を添えて、生卵とタレを混ぜて食べる鯛めしが漁師料理として受け継がれてきた。引き締まった弾力のあるタイの身は絶品。食べ方は違えど、どちらも新鮮な天然のタイだからこその旨さを味わえる。
また、呼び方が異なる郷土料理もある。江戸時代、別子銅山の開発のために大阪からやってきた住友家が、魚を使った寿司の作り方を伝えた。県内の各地から出稼ぎにきていた作業員がこれをそれぞれの故郷に伝え、製法が全県に広まっていったという。この料理は、東予と中予では住友家の屋号が「泉屋」だったことから「いずみや」と呼ばれ、南予ではその丸い姿から「丸ずし」と呼ばれている。どちらも、酢でしめたアジやイワシ、サバなどの魚を開いて、米の代わりに練り上げたおからを巻き、すしにしたもの。米が貴重だった当時の工夫から生まれた料理だ。「愛媛県の魚はとにかく新鮮で味が良いので、シャリがおからであっても美味しく食べられたのでしょう」と渡邊さん。海産物の美味しさ際立つ愛媛の郷土料理を、地域ごとに見てみよう。
<東予地方>
荒々しい来島海峡に今も残る豪快な海賊料理
眼前に瀬戸内海を望む東予地方。今治沖と大島をはじめとする島々の間では、来島海峡が激しく渦巻く。ここで水揚げされるタイやイワシ、サバなどの魚は荒々しい波にもまれて身が引き締まり、プリプリとして絶品である。鎌倉時代には海賊・村上水軍がねじろとして勢力を強めていた海域で、海の男たちが東予地方へ伝えたとされる郷土料理も数々ある。
「法楽焼」は、村上水軍が戦勝の祝いに食べたことが始まりとされ、別名「海賊料理」とも呼ばれる。素焼きの法楽の上に小石を並べ、その上にタイやエビ、サザエなどの新鮮な魚介を盛りつけて蒸し焼きにする豪快なおもてなし料理だ。石が余分な水分を吸って旨味が凝縮するため、味付けは塩だけで十分。素材の旨さを堪能できる。
また今治地方には、「いぎす豆腐」という料理が伝わっている。瀬戸内海の岩礁につく海藻「いぎす」を刈り取り、天日で乾燥させる。これを炊いてとろみを出し、大豆粉を加えて寒天のように固めたもの。海岸部では日常的に食べられていた家庭料理だ。小エビの出汁を入れるので、濃厚な旨味も感じられる。酢醤油やからし醤油でいただくシンプルな料理で、海藻と大豆の栄養がつまった長寿の健康食品として近年再び注目を集めている。
<中予地方>
洗練された料理を育んできた温泉の街、文学の街
十五万石の城下町として栄え、愛媛県の文化や産業の中心を担ってきた中予地方。「坊っちゃん」の舞台にもなった道後温泉には、夏目漱石をはじめ多くの文豪が足繁く通っていたといい、「文学の街」としても有名である。歴史を背景に培われてきた郷土料理は、県内で採れる新鮮な素材にひと手間をかけ、彩り豊かに、目にも美味しく仕上げられたものが多い。
人が集まるお祝いごとでふるまわれる「鯛そうめん」は、愛媛県全域で食される鉢盛り料理だが、とくに中予地方の鯛そうめんは彩りが美しい。大皿に白、黄、赤、緑、茶の五色のそうめんを盛り、その上にタイの姿煮をのせ、しいたけや錦糸卵、薬味をあしらう。とくに結婚式では「両家がめでたく対面したことを祝う」という意味や、めでたいことがそうめんのように長く続くように、という願いを込めて作られる。夏は冷やして、冬は温かく、年間を通して食べられる郷土料理だ。
伊予・松山の花柳界の座敷歌「伊予節」で、「伊予松山名物名所~(中略)~薄墨桜や緋のかぶら」と謡われているように、派手やかな緋色をした「緋のかぶら漬け」も松山名物の一つである。鮮やかな色だが、着色料を使っているのではなく、ヒノカブと呼ばれる赤カブを橙酢に漬けると緋色に染まるという。爽やかな味わいと美しい色で、正月に欠かせない一品である。
<南予地方>
宇和海の恵み豊かに、たくましく生き抜く南予の人々
南予地方は温暖な気候であり、九州との間を流れる豊後水道の宇和海では、新鮮で美味しい魚介が年中獲れる。太平洋から北上する魚が水揚げされるため、瀬戸内海とは種類の違う魚も獲れる。たとえば、この地域で「フカ」と呼ばれるホシザメは、家庭でもよく食べられる魚だ。熱湯でさらして白くなった「フカの湯ざらし」に季節のゆで野菜を添え、みがらし味噌につけて食べる。活きの良いフカは、淡白ながら歯応えを愉しめる逸品だ。 夏場になると太刀魚も水揚げされる。三枚におろしてゴボウに巻き付け、炙りながら甘辛く焼いた「太刀魚の八幡巻き」は、家庭でもフライパンで簡単に作ることができる。
海の恵みは豊かだが、石鎚山に守られている東予地方や中予地方とは異なり、南予地方は台風の通り道にあたる。そのため自然災害が多く、稲作には苦労が絶えなかったという。渡邊さんは「米は貴重でしたから、昔は米の代わりに芋を食べてお腹を満たすといった工夫が各家庭でされていたようです」と話す。
こうした工夫から生まれた郷土料理の一つが「ふくめん」。彩り豊かで一見豪華だが、具材の下には米飯ではなく千切りにしたこんにゃくが敷き詰められている。このこんにゃくを隠すために、黄色の卵やみかんの皮、白い魚のすり身、緑のネギなど、色鮮やかな具材で覆うようになったと言われている。「いつも大皿で豪華に盛り付けていたわけではないと思います。こんにゃくをいろんな具材と混ぜて食べるという工夫から、おもてなし料理を作るときに生み出されたのではないでしょうか」と渡邊さん。
愛媛県の豊かな食文化と人情深い県民性を物語る、郷土料理の数々。そのかけがえのない財産を次世代につなごうと、県や各地域では学校給食やイベント、調理学校などを通じて伝承に取り組んでいる。渡邊さんは、「郷土料理を守り伝えることが、産地を守ることにつながります。地元の人が郷土料理を愛して伝えていくことが大事です」と力を込める。家庭をはじめ、生産者や料理人、観光業など、地域のさまざまな人が一つの想いで料理を作り伝えることで、ふるさとの味は守られる。その味がさらに地域の魅力を高めていくに違いない。
愛媛県の主な郷土料理
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緋の蕪漬/緋のかぶ漬
愛媛県の民謡伊予節にもでてくる伝統野菜、緋色のかぶの漬け物であり、ダイダイ酢...
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いずみや
新居浜地方の郷土料理で、酢飯の代わりに味付けしたおからを使った卯の花寿司のこ...
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鯛そうめん
「鯛そうめん」とは、タイを一尾まるごと姿煮にしたものを、ゆでた素麺と一緒に大...
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