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中国地方 鳥取県

鳥取県

画像提供元:鳥取県

雄大な大山と日本海の恩恵を存分に。鳥取の豊かな郷土食

鳥取県は山陰地方の東側に位置する。北は日本海に面し、133kmにわたって東西に海岸線が伸びている。南側に中国山地が迫っているため平野部が少ないが、河川流域での稲作や砂丘地帯での野菜栽培、大山山麓の酪農など、農業は非常に盛んだ。山間部から平野部では中国山地の清流で川魚が獲れ、その川が流れ出る日本海では豊富な魚種が集まり、県内に点在する湖や池では「シジミ」が養殖されるなど、食材に恵まれた地域である。


取材協力場所:三朝温泉かがり火の宿「有楽」

「幻のエビ」に「嘘つき豆腐」。鳥取独自の素材と文化

沿岸部にはいくつもの漁港が開かれ、日本海の恩恵を授かっている。昔はイワシやサバなどがよく獲れたが、今はアジ、ブリ、サワラ、ハタハタ、イカなどが水揚げされ、新鮮なうちに刺身で食べられる。冬は「松葉ガニ」と呼ばれるズワイガニ漁が盛んだ。

三朝温泉かがり火の宿「有楽」の料理長、知久馬惣一さんは、「松葉ガニは高価ですから、この地域の人たちは手ごろな『親ガニ』をよく食べます。味噌汁にするとカニの出汁が出て美味しいですよ」と話してくれた。また、東部の岩美町では、「モサエビ」と呼ばれるクロザコエビが特産だ。
うちの郷土料理
色の変化が早いため県外への出荷が難しく、そのほとんどが県内でしか食べられないため、「幻のエビ」とも言われる。濃厚な甘味と旨味が感じられ、知久馬さんも「伊勢海老にもひけを取らない美味しさ」と太鼓判を押す逸品だ。
うちの郷土料理

鳥取の食を語る上で外せないのが、「豆腐文化」である。江戸時代、鳥取藩の藩主・池田光仲が質素倹約を奨励し、「魚の代わりに豆腐を食べよ」とお触れを出したことから、鳥取の城下町を中心に豆腐文化が浸透したと言われている。昔は水田のあぜに植える「あぜ豆(大豆)」で豆腐作りが行われていた。昭和初期には、手間のかかる豆腐を村ごとに集まって作るための「豆腐小屋」が各地に作られていたという。鳥取県食のみやこ推進課の岸田絵理子さんは、「毎年12月8日に豆腐を食べ、1年間についた嘘を全て帳消しにする『嘘つき豆腐』という珍しい風習もあるんですよ。鳥取県の食文化と豆腐は密接に関係しています」と話す。

正月に食べる雑煮にも、鳥取独自の文化が息づいている。小豆の赤色には邪気を払う力があると言い伝えられており、沿岸部を中心に、小豆の煮汁を砂糖で甘く味付けしたぜんざい風の「小豆雑煮」が食べられる。雑煮には白い丸餅を入れるのが一般的だが、中部の三朝町では「栃餅(とちもち)」を入れることもあるそうだ。
うちの郷土料理

地域の産物によっても異なる郷土料理。東部中部西部それぞれの地域には、どのような食文化が育まれてきたのだろうか。

<東部>
城下町から始まった質実な豆腐文化

鳥取砂丘で有名な県東部の中心地、鳥取市は、城下町として古くから栄えた地域である。冬は松葉ガニ、秋から春にかけてはカレイやハタハタ、春はイワシ、夏は「アゴ」と呼ばれるトビウオやイカなど、日本海の多種多様な魚が年中水揚げされる。
うちの郷土料理

画像提供元:鳥取県

「がんちゃ汁」や「アカガレイの子まぶり」、「ハタハタ寿司」、「いわし団子」、「あごちくわ」、「スルメの糀漬け」など、海の幸をふんだんに使った郷土料理が多彩だ。山間部は林業が盛んで、よく手入れされた森林が広がる。秋になると柿や栗、きのこ、山菜が採れ、川にはアユやウグイなどの川魚も棲む。ここでは、山の幸を生かした「柿の葉ずし」や「栃餅」などが特産品である。
うちの郷土料理

画像提供元:鳥取県

また、城下町であることから鳥取藩の支配を強く受け、質素倹約のために始まった豆腐文化が深く根付いている。これを代表する郷土料理が、油で炒めた豆腐と野菜で作る炊き込みご飯「どんどろけ飯」だ。「どんどろけ」とは「雷」を意味する方言で、豆腐を炒める時のバチバチという音が雷に似ていることから呼ばれるようになったという。もともとは農山村に伝わっていた料理で、農作業の節目や集落の集まりで作られていた。
うちの郷土料理
具材には、人参、ごぼう、ねぎなどその時期に採れる旬の野菜や、干ししいたけや油揚げなどを使う。昔は野菜のみだったが、昭和になって鶏を飼うようになると鶏肉を入れるようになったり、炊飯器が普及した昭和半ばからは炊き込みごはんから混ぜごはんになったりと、時代に応じて変化しながら継承されてきた。この柔軟さと、炊飯器でも作ることができる手軽さ、季節を問わず材料が入手しやすいことが現在まで広く親しまれている理由だろう。
うちの郷土料理

<中部>
慶弔事に欠かせない、磯の香り広がる「いぎす」

中央部の東郷池周辺では、米作りを中心に農業が営まれ、「二十世紀梨」や鳥取県が育成した新品種「新甘泉」などの日本梨も広く栽培されている。池では川ガニが獲れる。このカニをすりつぶして入れたすまし汁「がんちゃ汁」は中部地域ではおなじみの料理だ。
うちの郷土料理
また、日本海沿いの砂丘地では砂地の特性を活かしたらっきょうや長芋が、大山の裾野に広がる黒ぼく地帯ではスイカなどが生産されている。
うちの郷土料理
春になると、海岸べりの石に「いぎす草」が繁茂する。「えごのり」とも呼ばれる海藻で、これをとろ火でとかして固めた「いぎす」は、かつては冠婚葬祭には欠かせない料理だった。寒天やところてんと同様に、熱を加えて溶かすと自然に固まるという。見た目は羊羹のようだが、口に入れると磯の豊かな香りが広がり、独特のぷるんとした食感を楽しめる。
うちの郷土料理

「西日本各地でも似たような料理が広まっていますが、鳥取県のいぎすは他の食材を混ぜないのが特徴です。胡麻を振りかけて、酢味噌やしょうが醤油で食べると美味しいですよ」と岸田さん。

<西部>
大山の恵みを享受し、大山を敬う人々

西部の旧国名が「伯耆国(ほうきのくに)」だったことから、伯耆大山とも呼ばれる中国地方最高峰の山、大山。山麓では、大山の清らかな水と黒ぼく土の肥沃な土壌を活かした農業が盛んで、土地で採れた米や野菜などを余すところなく使った郷土料理が伝わっている。沿岸部では、美保湾と中海に挟まれた弓ヶ浜半島が海に向かって弓状に曲線を描く。ここではベニズワイガニ漁などの漁業が盛んであり、農業では砂地を活かしたさつまいもの生産が盛んで、さつまいもを使ったぼた餅「いもぼた」などの郷土料理が伝わっている。
うちの郷土料理

画像提供元:鳥取県

大山は、その雄大な姿で古くから信仰の対象となってきた。中腹にある大山寺には、日本各地から人々がお詣りに訪れ、地域の郷土料理は大山詣りのお弁当としても人気を博している。 その一つである「大山おこわ」は、ごぼうや人参、むかご、大山鶏、あごちくわなど、地域で採れる食材をふんだんに使ったおこわだ。
うちの郷土料理

大山寺の僧兵が戦場に赴く際、戦勝を祈願して山鳥と山草を入れた米飯を炊き出したのが始まりと言われている。明治時代には、大山寺境内の前方に広がる草地「博労座」で開かれていた牛馬市に集まった人々の食事としても親しまれていた。「大山おこわ」と言われるようになったのは明治以降のことで、以前は汗入(あせり)郡という地名に由来して、「汗入(あせり)おこわ」と呼ばれていたという。

豆腐を使った郷土料理には、油揚げに米や野菜を入れて炊き上げた「いただき」がある。いなり寿司のように見えるが、調理方法は全く異なり、大きな油揚げの中に米とごぼう、人参などを詰めて出汁でじっくり炊き上げている。県西部の弓ヶ浜半島を中心に、特別な行事があると各家庭で作られ、近所にふるまわれていた。米が貴重な時代には大変なごちそうとされ、「もらう」ではなく「いただく」という感謝の気持ちがそのまま「いただき」という名になったとか、大山の頂上に形が似ているところからこう呼ばれるようになった、などと言われている。
うちの郷土料理

産物に恵まれながらも、質実に育まれてきた鳥取の食。季節の新鮮な味わいを存分に楽しめる郷土料理の数々は、今後も大切に受け継がれていくことだろう。

鳥取県の主な郷土料理

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